トランプ大統領の再選を受け、6日のNY株は史上最高値を記録した一方で、対中関税の大幅引き上げでコンテナ貨物輸送量が減少するとの見方から、海運株は軒並み10%近く下落した。トランプ政権の政策とその影響は、今後徐々に明らかになってくるだろう。その中のひとつがインド洋の戦略的要衝ディエゴ・ガルシア島の帰趨だ。

 ことの発端は、イギリスが同島を含むチャゴス諸島を1965年に英領モーリシャスから分離し、新たに画定した英領インド洋地域(BIOT)に編入、同島から1000人以上の島民を強制退去させたことに始まる。1966年には米国との協定で50年間(20年間延長可能)の使用協定を結び、米英の軍事施設が設置・拡張され空母への補給や戦略爆撃機の展開が可能となった。一方で、モーリシャス政府はイギリスからの独立(1968年)と引き換えにチャゴス諸島を手放すことを強いられたと主張、強制退去させられた島民の一部も繰り返しイギリス政府を相手取って裁判を起こしてきた。

 こうした中、2019年に国際司法裁判所は、チャゴス諸島の英領インド洋地域への編入は国際法に照らして違法との見解を示し、アフリカ諸国も結束して「脱植民地化」についてイギリスに強く迫るようになった。その後、ブレグジット(イギリスのEU離脱(2020年))を受けてイギリスに対する欧州諸国からの支持も弱まり、孤立したイギリスはモーリシャス共和国との交渉のテーブルにつくことになった。

 2024年10月3日、イギリスはディエゴ・ガルシア島を含むチャゴス諸島の半世紀以上にわたる領有権を放棄し、モーリシャス共和国に移譲することを発表した。両国の合意では、イギリスはモーリシャスに対し一連の財政支援を提供する一方、モーリシャスはチャゴス諸島に対する元島民の再定住計画を開始できるものの、ディエゴ・ガルシア島はその対象から外され、イギリスは99年間の軍事基地の運営を保証されている。

 このタイミングでの合意の背景には、ウクライナ戦争に対するアフリカ諸国からの追加支援獲得にチャゴス諸島問題が悪影響を及ぼすことを排除する狙いがあり、さらにはウクライナ支援に消極的なトランプ前米大統領の再選の可能性も大いに関係していたことが考えられる。

 前置きが長くなったが、トランプ再選を受けて、米国がイギリスに圧力をかけてチャゴス諸島に関する合意を放棄させる動きが勢いを増そうとしている。

 ディエゴ・ガルシア島は、チャゴス諸島にある60の島の一つで、米国が中東やアフガニスタンに軍事力を展開する際に必要不可欠な戦略拠点である。中東に米空母打撃群が一時的に不在の間、カウンターバランスとして戦略爆撃機が展開される可能性も高い。

 モーリシャスとの合意に対する懸念は、同国に対する近年の中国の影響力の増大にある。香港返還時の英国とのさまざまな合意は中国によって無視され、強制力がないことが証明された。モーリシャスの政権が親中勢力に握られた場合、99年間の英米による基地使用は反故にされる可能性があり、チャゴス諸島の他の島々も中国により軍事基地化される危険性がある。そもそも国連総会や国際司法裁判所がモーリシャスの主張を支持したのは、ロシアと中国による影響力に起因する可能性すらあるとみられている。

 米国では、マコール下院議員(共和党)とリッシュ上院議員(共和党)が、それぞれ下院と上院の外交委員会の上級メンバーであり、この合意に懸念を表明している。リッシュ上院議員は、この取引を「中国の法律」と表現している。ケネディ上院議員(共和党)は、モーリシャスとチャゴスの間には文化的、家族的、言語的な親近感はなく、チャゴス島民はモーリシャスの主権下に置かれることを望んでいないと指摘した。さらにトランプ政権の国務長官に指名される可能性も取りざたされているルビオ上院議員(共和党)も、この取引は「共産主義の中国がわが国の海軍支援施設に関する貴重な情報を得る機会を提供する」と述べている。

 トランプ大統領圧勝に加え、上下両院で共和党が主導権を握る「トリプル・レッド」の米国が、大西洋を挟んでイギリスに対して合意の見直しを迫ってゆくことになるだろう。南シナ海の島嶼埋め立ては、民主党オバマ政権の弱腰であっという間に進んだ、トランプ政権ではそんなことは許さないというくらいの勢いで議論が展開されるのではないだろうか。ディエゴ・ガルシアは注目だ。

参考資料:「Trump’s Election Gives Hope to Opponents of Chagos Islands Deal」(Nov 6, 2024 4:37 PM by The Maritime Executive)、「イギリス政府、チャゴス諸島の領有権をモーリシャスに移譲」(BBC NEWS JAPAN、2024年10月4日)