2024年12月21日、トランプ氏は、パナマ政府が運河の通航に際し米国の海運と米海軍の艦船に水増しされた通航料金を請求していると非難するとともに、中国の影響力との関連を次のように述べた。「カーター大統領の任期中に愚かにも1ドルでそれを手放したとき、パナマだけに管理を委ねたのであって中国に委ねたわけではなかった。同様に、パナマが法外な通航料を米国、米海軍、および米企業に課すことを委ねたのでもない。」
翌日の演説でも、トランプ氏は、もしアメリカの海運関係者が運河の通航についてより良い取引ができなければ、「我々はパナマ運河を全面的に、迅速に、疑問の余地なくアメリカ合衆国に返還するよう要求する」と警告した。同様の発言は2025年1月7日にもなされた。
この発言に対してパナマのムリノ大統領はすぐさま反発し、パナマの3人の元大統領の署名とともに「我々の運河と我々の主権に関して、我々全員がパナマの旗の下で団結する」との声明を発表した。また、パナマ運河周辺の5カ所の港湾のうち2カ所は香港企業の管理下にあることは知られているが、中国外務省の毛寧報道官は、運河を「国家間の接続性のための黄金の水路」と呼び、冷戦時代から中国政府がパナマの運河地帯に対する米国の支配を終わらせるための長年の努力に言及しパナマ政府への支持を表明した。
米国は、地政学的重要性から運河とその周辺地帯を管轄下に置くため、1903年にコロンビアとの間でヘイ・エルラン条約を結んだが、コロンビア議会が批准しなかった。このため米国政府は、同年、強引にパナマの独立派に「パナマ共和国」の独立を宣言させ、当時のセオドア・ルーズベルト政権が国家承認、直後にパナマ運河条約を結び、運河の建設権と運河の両側5マイルを「運河地帯」として永久租借権を得て建設に着手した。
難工事を克服して運河は1914年8月に開通、運河収入はパナマに、運河地帯の施政権と運河の管理権は米国にそれぞれ帰属することになった。運河地帯には米軍施設が置かれ、中南米における米国の軍事拠点となった。
ところが1968年の軍事クーデターによって誕生したトリホス政権が運河の完全返還を強く主張するようになったことから、1973 年からニクソン、フォード、カーターの各政権で交渉を行い、1977年、カーター大統領が新パナマ運河条約に調印した。当時、この条約は多くの保守派から猛烈に反対された。今回のトランプ発言はこの時以来ということだ。
新条約では、軍艦を含むすべての船舶に対して中立無差別な通航が保証される国際運河であることの再確認と引き換えに、まず1979年に主権をパナマに返還し、その後20年間は運河の管理を両国共同で行うこととされた。条約にもとづき1999年12月31日に米国は全施設を返還し、米軍も完全に撤退した。
かつて米国政府が運河を管理していた時期、米国は運河を国際公共財として位置づけていたため、通航料は非常に低く設定されていた。しかし1999年にパナマ政府が引き継ぐと収益重視の方針を打ち出し、2000年以降20年間、毎年3.5%の値上げを行うことを発表し、利用国から強い反発がなされた。運営にあたるパナマ運河庁は、船種、トン数や全長など船舶の大きさ、貨物の積載量に応じて定められた通航料を徴収していたが、ガトゥン湖の渇水を理由に2020年2月からは追加料金を課しはじめた。さらに2024年9月からは通航枠のオークション制度を導入し、国際的な需要に応じて料金が変動する仕組みとなったが、混雑時には極めて高額になる例が増えている。
近年は船舶の大型化もあり、2003年のクルーズ客船「コーラル・プリンセス」が22万ドル余りを支払って以来、最高額の更新が続いている。パナマの干ばつで通航枠を絞った2023年には日本のエネオスグループが50,000重量トンのLPG運搬船「ブルームバーグ」の通航に398万ドルを支払ったことが報じられた。
このような高額になり、通航枠の減少から1週間前後待たされるケースも珍しくなくなると、運河通航を諦めて南アメリカ回りを選択する船も増えてきた。すでにクルーズ客船会社のなかにはパナマ運河を通航するプログラムをキャンセルしたり、大型コンテナ船は喫水を浅くするためにコンテナの一部を地峡を横断する鉄道に積み替えることを余儀なくされている例もあるという。
パナマ運河の通航枠が減少しているのは、2023年以降のエルニーニョ現象による100年に一度といわれる深刻な水不足が主因で、船の大型化、深喫水化がそれに拍車をかけているということだ。水不足はいずれは収束に向かうだろうが、パナマ政府の高額の通航料政策は確かに問題で、重量ベースの利用国順位で日本は米国、中国に次いで3位だ。「返還」になるかどうかはともかく、通航料の低減につながるような交渉ならばやってみる価値があるのではないか。
参考資料:“Trump Orders Panama to Lower Transit Rates or “Return” Canal to the U.S.,” (Dec 23, 2024, The Maritime Executive), “Panama Canal Auction Sets Record $4M for Slot as Congestion Grows,” (Nov 9, 2023, The Maritime Executive)など