トランプ次期政権の国防長官に、退役軍人で保守系FOXニュースの司会者ピート・ヘグセス氏の起用が発表された(11/12各紙)が、まだまだ曲折がありそうだ。次期政権の海事戦略(maritime strategy)がどのようなものになるか関心が持たれるところだが、6年近く前に「「トランプ海事戦略」は米海軍がアメリカ外交政策の最前線であることを再評価した」とするファネル退役海軍大佐が米海軍協会Proceedings誌に発表した記事を振り返ってみる。以下はその要約だ。

 南シナ海西沙諸島でのFONOP(航行の自由作戦)は2018年11月に巡洋艦チャンセラーズビル(CG-62)が行ったが、2019年1月にマティス国防長官が退任して間もなく駆逐艦マッキャンベル(DDG-85)が行い、同海域での中国の拡張主義に対抗する意志が変わらないことを示した。

 黒海では2018年11月にロシアがケルチ海峡でウクライナの船舶3隻を拿捕したことに対応して、2019年1月に揚陸艦フォート・マクヘンリー ( LSD-43)がルーマニアのコンスタンツァに入港し、駆逐艦ドナルド・クック(DDG-75)も黒海に入った。台湾海峡においても、2019年1月、駆逐艦マッキャンベルと補給艦ウォルター・S・ディール (T-AO-193) が通峡してプレゼンスを示した。

 いずれの場合も、トランプ政権は中国とロシアに立ち向かう米国の決意を示し、外交政策上の課題に対処する第一のオプションとして、過去30年間行われてきた地上部隊ではなく海軍を用いるという代替案を示した。トランプ政権の最初の2年間で、南シナ海で少なくとも9回のFONOPを実施したが、これは前政権よりも高い頻度であり、中国のサラミスライス戦術に対抗している。

 とはいえ、FONOPでは中国のハードパワーへの対抗としては不十分である。このためトランプ政権では南シナ海における米空母のプレゼンスを増加させている。オバマ政権でも2016年に3回の空母打撃群の活動を行ったが、トランプ政権では2017年1月に空母打撃群を派遣、2018年3月と10月には前例のない海上自衛隊との共同行動を行い、11月には2コ空母群を同時に行動させた。2017年10月には、米第7艦隊の作戦海域に3コ空母群を入れ、北朝鮮に対する示威行動を韓国沖で実施した。

 太平洋戦域に加えて2018年10月からのNATO演習「トライデント・ジャンクション」では、1991年のソ連崩壊以来初めて空母打撃群が北極圏で行動するとともに、毎年恒例の多国間演習バルト海作戦「BALTOPS2018」では、1972年の演習開始以来、初めて米国の空母艦載機が参加した。

 大佐は、以上のようなトランプ政権2年間の実績を強調したうえで、「トランプの海事戦略はすでに存在しているが、正式に表明されていないだけなので、政権は、包括的な広報活動でこの戦略を推進し、同盟国とパートナー国をその実行に貢献するよう慫慂し、必要な資源を海軍に投入すべきである」と提言している。

 ファネル大佐は、トランプ大統領の信奉者のようにも見えるが、提言はともかく、実績としてあげられているのは大統領と決別して辞任したマティス国防長官のもとで計画、実施されたと思われるものである。トランプ大統領はtwitter(現X)で、「米国は同盟国につけ込まれている」などと深慮の言葉とは思えない発言を繰り返した。ファネル大佐の記事に対しては、「トランプ海事戦略」等というものは存在せず140字でつぶやくトランプ大統領と「戦略」という言葉は結びつかないとか、1年半を費やして起案した国家防衛戦略がトランプ大統領のせいで滅茶苦茶にされ起案者の辞任を招き、結果としてマティス国防長官の突然の辞表提出につながったなどのネガティブな論評が米海軍協会HP上になされた。

 マティス国防長官が2018年12月に提出した辞表は国防総省により公開された。これが通例のことかどうか分からないが、そこには「米国は自由な世界において不可欠な国でありますが、同盟国との強い同盟を維持し敬意を示さなければ、国益を守ったり、国益を追求したりすることはできません。あなたと同じように私も米軍は世界の警察ではないと言ってきました。その代わりに、同盟国に効果的な指導力を示すことを含めて(同盟国の)共同防衛に向けて、米国が持つ全ての手段を提供する必要があります」などと述べられていた。長官は、2月末の辞任を申し出たが、1月1日に繰り上げられたのだった。

 次期国防長官と目されるヘグセス氏の考え方は徐々に明らかになるだろうが、これまでのところ次期政権の側近はイエスマンで固められたトランプクローン政権ではないかともいわれている。そうであればマティス長官の辞任のようなことは起きないのかもしれないが、それはそれで心配だ。

参考資料:Captain James E. Fanell, U.S. Navy (Retired), “U.S. Foreign Policy Finally Returns to Sea: The Trump Maritime Strategy,” (USNI Proceedings Feb 2019)