ホルムズ海峡で繰り返される危機。そのたびにわが国は苦い経験と教訓を積み重ねてきた。時を経て平和安全法制を整備し、「自由で開かれたインド・太平洋」を標榜するわが国は今回の事態に適切に対処できているのか。不都合な真実にも目を向ける必要がある。
▽ホルムズ海峡波高し
6月13日、日本企業の運航するタンカーが、ホルムズ海峡付近でイランの革命防衛隊に攻撃された。安倍首相のイラン訪問と重なったこともあり衝撃的なニュースだった。ことの発端は、昨年5月にトランプ政権がイラン核合意から離脱したところまでさかのぼる。米国は革命防衛隊を外国テロ組織に指定するとともに、空母や爆撃機などを増派した。これに対してイランも対抗して地域の情勢が悪化していた。
このような中で起こったのがタンカーに対する攻撃で、本年5月から6月にかけて日本船を含む6隻のタンカーが被害にあい一挙に緊張が高まった。7月に入ると、英領ジブラルタル自治政府がイランのタンカーを拿捕したのをきっかけに、イランも報復として英国のタンカーを強引に「拿捕」した。英国は海軍艦艇を追加派遣し、自国船舶に対する警戒措置を強化するなど、ホルムズ海峡は危険な海となっている。
いうまでもなく、ホルムズ海峡はわが国の輸入原油の8割以上が通過する死活的に重要な海域であるが、繰り返しテロや紛争の舞台となったところでもある。今回の一連の事件は、我々にこの事実を改めて認識させ、毎日の快適な生活が長大なオイルルートとそれを支えるタンカー乗組員の労苦の上に成り立っていることを思い起こさせた。
▽「タンカー戦争」「湾岸戦争」の記憶
今後の情勢は予断を許さないが、タンカーの安全確保を考えるには「タンカー戦争」(84年3月~88年8月)の経験が参考になる。これは、イラン・イラク戦争(80~88年)がペルシャ湾全域に波及して、湾内の船舶が両国軍の艦艇、航空機、ミサイルの脅威にさらされ、機雷の浮かぶ海域の航行を余儀なくされた「戦争」である。その被害は、被弾407隻、触雷12隻、死者333名にのぼり、この中には日本人が乗組んだ船の被弾12隻と日本人船員2名の死亡が含まれている。
米国は、タンカーなどの安全確保のため「ホルムズ海峡合同艦隊」の設置を打ち出し、英、豪、伊、仏などが艦艇派遣を表明した。イラン・イラク戦争勃発後わずか10日ほどのことである。当時のわが国の石油の中東依存度はすでに7割に達しており、石油積出し基地には4隻の日本船も足止めされていたにもかかわらず、三木内閣は憲法上の理由から不参加を表明せざるを得ず、当初は費用負担さえ拒否した。各国は掃海艇などを派遣したほか、米海軍は商船270隻に対する護衛作戦を実施した。
国際部隊に参加しなかった日本では、各船社が全力を尽くした。当時の対策としては、①就航の規制、②航行制限海域、危険海域などの設定、③昼間または夜間航行の規制、④ホルムズ海峡通過時の船団の編成などであり、危険海域内に就航する乗組員に対しては特別慰労金が支給された。また、就航船舶はペルシャ湾に入る前に、①湾内の航海計画と乗組員の入湾同意書の船社への報告、②①に関する海員組合などの合意、③防火防水訓練の実施、④避難方法の確認、⑤識別のため船体に日章旗を表示するなどした。
これらが奏功し、当初は被弾船は少なく「マルシップ(日本船)の安全神話」と言われた。しかし、87年5月からは良好な関係を保っていたイランの革命防衛隊からも日本船が攻撃され始め、日本政府としての本格的な対策が求められた。その後米国から掃海艇派遣などを要請されるに至り、日本政府は激論を交わしたものの実現に至らず、結局、湾岸諸国や国連への資金協力などを行ったに過ぎなかった。
このような苦い経験は、湾岸戦争(91年)でも繰り返された。米国を中心とする多国籍軍が編成されたとき、わが国も海上自衛隊を派遣すべく法案を成立させようとしたが、自衛隊の海外派兵に対する拒否感から廃案になった。結局、人的貢献ができないわが国ができたことといえば、多国籍軍への資金協力と周辺国への経済協力だけであった。
その後、ペルシャ湾へ海上自衛隊の掃海艇を派遣したのは、大きな一歩であったが、正式停戦後のことであった。国際社会からは「小切手外交」とか「ツゥーリトル、トゥーレイト(少なすぎ、遅すぎ)」などと厳しく批判され、世界屈指の原油輸入国である日本が相応しい貢献をできなかった苦い経験として記憶された。
このような反省から、米国同時多発テロ(01年)では、小泉首相はその翌日に米国に対する強い支持を表明、9日目には海上自衛隊艦艇の派遣を含む「当面の措置」を発表するとともに、テロ対策特別措置法を「スピード成立」させた。日本は、テロとの闘いを自らの問題として積極的かつ主体的に取り組み、世界の国々と一致結束して努力する姿勢を明らかにしたのである。
▽米主導の「有志連合」へのわが国の対応
今回のホルムズ海峡に話を戻すと、6月のタンカー攻撃事件後、トランプ大統領は「自国のタンカーは各国が自力で防護すべきだ」として「有志連合」の立ち上げに動いた。しかし、これが「イラン包囲網」ととらえられて事態をかえって悪化させる恐れや、独仏などが抱く核合意から脱退した米国の気まぐれな行動への不快感などから調整は難航した。これまでの参加表明国は、英国、バーレーン、オーストラリアのみである。
結局、米国は「有志連合」を「海洋安全保障構想」という穏当な看板に掛け替えて「オペレーション・センチネル(歩哨作戦)」と呼ばれる海上監視作戦の準備を進めている。これに対する日本政府の対応は、米国同時多発テロの時のようなスピード感はない。もちろん当時と異なり、ペルシャ湾の情勢は小康状態を保っており、対策の緊急性も高くない。西側諸国で唯一、イラン革命後も友好関係を維持した国としてイランとのパイプの維持に配慮したのは当然として、参議院選挙期間中でもあり、新たな争点を作りたくないという理由があったのかもしれない。
それにしても、岩屋防衛相が当初から「自衛隊のニーズは確認されていない」と消極姿勢を示したのは残念だった。せめて、「ホルムズ海峡の海上交通の確保は死活的な問題だ。わが国としていかなる対応をすべきか早急に検討する」と言って欲しかった。トランプ大統領から言われるまでもなく自国のタンカーを自国で守るべきことは「常識」ではないだろうか。
結局、日米防衛首脳会談で「海洋安全保障構想」への協力を要請された岩屋防衛相は、「原油の安定供給の確保、米国との関係、イランとの友好関係といった様々な角度から検討し、政府全体として総合的に判断する」とし明確な回答を避けた。外務省幹部は「絶対に参加しなければダメだという圧力は感じない」とも語った。
「現行の憲法、法律では自衛隊派遣は不可能」と断じる野党の国会議員もいれば、とにかく米国の構想だからダメという「対米追従批判」も根強い。このような「ニーズ論」「外圧論」「対米追従批判」「法律論」などの日本国内しか通用しない内向きの議論とはテロ特措法の時に決別したのではなかったのか。
▽参加・不参加の二元論でなく「第三の道」を
今回のような状況で、国家としての主体性を追求するヒントが英国の動きではないかと思う。就任したてのジョンソン英首相は、トランプ大統領との関係を重視し、米主導の「構想」への参加を表明した。その一方で、米国の要請に反してジブラルタル当局が拿捕したイランのタンカーは解放してしまった。イランの核合意への復帰を見通して同国との決定的な対立を回避したのだろう。英国は今後、米国の懐にはいった上で「構想」への参加国を増やすために作戦名称や内容を修正したり、米国に代わって実質的な推進役となるのではないかと思う。
現時点で、日本政府はイランとの首脳会談を模索しつつ、独自の取組みとして海上自衛隊の艦艇を情報収集や警戒監視のため、防衛省設置法に定める「所掌事務の遂行に必要な調査および研究」の名目での派遣を検討中と報じられている。いかなる形であれ、早期に行動を起こすことは良いことで、今後、以下のような観点からわが国として参加、不参加といった二元論ではない「第三の道」を追求すべきである。
第一は、人の貢献を通じて情報へのアクセスを確保することである。人や部隊がリスクをとって収集される軍事情報は、参加国の関与の度合いに応じてアクセスが許されるものである。わが国が当面、外交努力を基本方針とするとしても、良質な情報をタイムリーに得ることは不可欠であり、そのために「構想」に参加し人を派遣することのメリットは大きい。
第二は、わが国の独自性を追求することである。他国の出方をみて参加を決めるという姿勢では、他国が合意した活動の枠組みにしばられ日本の独自性を活かせにくくなる。日本が参加して「イラン包囲網」色を薄め、国際公共財としてのシーレーンの安全確保という方向付けができ参加国の増加に結び付けば、大きな日本の外交的成果となるだろう。イランとの長年の友好関係という資産を活かしつつ、「対米追随」との批判を退けられればベストだ。
作戦面でも、自衛隊の能力や制限を考慮した適切な任務の割り当てが期待できる。これは派遣される隊員の安全確保にも大いに役立つはずである。湾岸戦争停戦後に派遣された海自掃海部隊に割り当てられた海域が、最も技術的に困難で劣悪な環境条件であったことを想起すべきである。
第三は、国際的な評価を高めわが国の海洋戦略に対する信認を得ることである。これまでわが国は「自由で開かれたインド太平洋」構想を世界に向けて発信し、法の支配、航行の自由などを実現する意思と能力があると見られていた。ここで日本の積極性を示さないと国際社会の失望を買いかねない。この構想は中国の急速な海洋進出や「一帯一路」に対抗する狙いもあったが、日本の本気度にかかわるゆるがせにできないものである。日本は「自由で開かれたインド太平洋」の主唱者として参加しない選択肢はないともいえる
第四は、日米同盟の深化である。米国の「構想」に参加して、イランとのパイプを生かした日本の独自性を発揮することは、単なる対米追随ではない、米国との補完的な役割分担の可能性を追求できる。今回の危機は、日本が安全保障の面からも湾岸地域の安定化に関与する好機ともいえ、米国とのインド太平洋戦略を形のあるものにし日米同盟を深化、発展させるべきである。
▽不都合な真実
これまでの議論から明らかになったのは、「有志連合」への自衛隊の参加のための適当な法律がないということである。15年の平和安全法制成立により「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目ない対応ができるようになった」とされたが、そこに欠落があることが再確認されたのだ。
そもそも「有志連合」に意味のある参加をするには、派遣される自衛隊にタンカーの安全確保という「任務」と革命防衛隊に対処できる「権限」を与えなければならない。考えられる法律のひとつに「海賊対処法」があるが、海賊行為を「船舶(軍艦をのぞく)に乗船した者が、私的目的で行う不法行為」と定義しており、革命防衛隊の関与が疑われるタンカー攻撃事件などは対象外となる。
平和安全法制には「重要影響事態」や「存立危機事態」が規定されている。「重要影響事態」は、中東などで「深刻な軍事的緊張が発生し、日本船舶に影響が及ぶ可能性があり、かつ米国などが事態に対処するために活動するとき」は、該当することはあり得る。しかし、自衛隊が可能なのは米軍などへの後方支援に限られるので、直接的にタンカーの安全確保は行えない。また、限定的な集団的自衛権の行使が認められる「存立危機事態」については、朝鮮半島で有事が起きたら認定可能と考えられているが、ペルシャ湾の有事が認定されるには高いハードルがあり、「有事の自衛権」による対処はできないだろう。
では「海上警備行動」はどうか。これは警察権による「海上における(日本人の)人命若しくは財産の保護又は治安の維持」を目的としているが、軍艦や外国公船には主権免除(他国の警察権は及ばない)があるため、革命防衛隊という「軍隊」に対処することには無理がある。
このように自衛隊には「有事の自衛権」と「平時の警察権」の「オンオフスイッチ」しかない。今回のような軍艦などが関与している純然たる平時でも有事でもない「グレーゾーン事態」では、「平時における限定的な自衛権」を行使できるような「ディマースイッチ」がないと有効な対処はできない。外国軍艦やコーストガードなどの公船に、国際法上の均衡性と必要性の原則に基づいた適正な自衛の措置がとれるようにする必要がある。
もう一つは、海上自衛隊の兵力の不足と海外拠点の必要性である。日本周辺の緊張を反映して海上自衛隊の兵力が不足気味なことは常々指摘されてきたが、ホルムズ海峡方面への艦艇派遣は往復だけでも6週間ほどかかるため、さらに大きな負担を強いることになる。また、自衛隊はアフリカのジブチに活動拠点を確保しているが、ここからホルムズ海峡までは公海上を移動すると3000km以上の遠距離にあるため、ホルムズ海峡近くに活動拠点があることが望ましい。「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを現実の戦略にするためには、作戦面の裏付けが必要であり、そのための予算とインフラが不可欠なのである。
※本稿は政策研究フォーラム『改革者』(2019年10月号)に掲載された拙稿を許可を得て転載したものです。