スタブリディス元NATO欧州連合軍最高司令官(2009-13年、退役米海軍大将)が、ロシアのハイブリッド戦に対処するため、特殊部隊も動員して「NATOの湖」たるバルト海での作戦の強化を訴えている。

私はスウェーデンとフィンランドが同盟に加わったとき興奮を覚えた。最初に考えたのは、北欧の2つの国が提供した広大な海岸線であり、本質的にバルト海を「NATOの湖」に変えたことだった。ロシアは、サンクトペテルブルクがあるバルト海の東の角に領土を持ち、リトアニアとポーランドの間に飛び地であるカリーニングラードを領有しているものの、バルト海沿岸のほぼすべてが同盟の手にしっかりと握られている。

このことはいくつかの理由から重要である。第一に、バルト海はNATOの領土に囲まれた唯一の内海であることで、地中海、大西洋、北極海など、連合軍の他のすべての海は国境地帯となっている。バルト海を管制することによりNATOは、ロシアのバルト艦隊、主要同盟国7カ国間の重要な海上交通路、そして巨大な液化天然ガスターミナルや洋上石油・ガス掘削施設、海底の光ファイバーケーブルにわたる多くの海洋インフラを押さえることができる。

プーチン大統領が、バルト海に関して異議を唱えるつもりであることは間違いない。彼のバルト艦隊は、ピョートル大帝の下で設立された1700年代初頭にまで遡るロシア海軍で最も長い歴史を有する艦隊だ。司令部はカリーニングラードに置いており(バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)がロシア、後のソ連の一部であったときには妥当だったが)、現在、少数の水上戦闘艦(駆逐艦とフリゲート)、戦力として疑わしい少数のディーゼル潜水艦、そしてミサイルを装備した十数隻の哨戒艇を保有しているのみだ。

ロシア海軍は北極圏を拠点とする北方艦隊から有力な艦艇を共同演習に投入することもしばしばだが、そのような増援があったとしも、ロシア海軍の通常戦力は大幅に劣勢であり、有事にNATO空軍は最初の数時間でカリーニングラード基地を破壊する可能性が高い。

では、ロシア海軍がNATO海上部隊に著しく劣勢に立たされているプーチン大統領はバルト海で影響力を獲得するために何をするだろうか?ロシアの他の場所でそうであったように、彼が劣勢に立たされているか、一定の制海拒否のレベルを維持したいとき、プーチンはハイブリッド戦争に目を向けるだろう。これは、彼が2008年にグルジアに侵攻し、2014年にウクライナに侵攻するために使用した型破りな戦術、技術、手順を強力に組み合わせたものだ。最近のモルドバでの選挙干渉しかり、バルト三国への圧力しかりだ。

陸上でのハイブリッド戦争は、作業服や私服を着た記章のない戦闘員(いわゆる「リトル・グリーン・マン」)、

反対意見と内部混乱の種を蒔くためのプロパガンダ・キャンペーンとソーシャル・メディアの操作、自動車爆弾や産業破壊行為などの爆発物の設置、文民および軍指導者の暗殺、そして民間航空に嫌がらせをする覆面ドローンなどからなる「魔女の煎じ薬(witch’s brew)」で構成される。

現在、プーチン大統領は海上でのハイブリッド戦争に目を向けている。これは、ウクライナを脅かすため、バルト海だけでなく黒海でもいくつかの形をとっている。これには、ハイブリッド戦争の陸上バージョンを海上環境に適応させ、新しいひねりを加えることが含まれる。注目すべきは、ロシアが情報収集、合法的な貨物やタンカーの輸送への嫌がらせ、重要な海底インターネットやその他の通信ケーブルの損傷および破壊、陸上の民間目標に対して発射するためのドローン配備、そして海上交通路を危険にさらすために民間船舶を使用していることだ(第一次世界大戦中の英国の「Qシップ(一般商船を装った武装商船)」の一種の現代版)。

プーチンの軍隊は、民間船舶によるさらに攻撃的な活動の計画を策定していることは間違いない。そのような船は、民間船舶を攻撃できるロシア海兵隊(おそらく記章のない制服を着ている)を輸送、陸上のNATO目標を攻撃する可能性のある偽装された地対地ミサイルの運搬、船倉からのドローンの群れの発進、電子妨害の実施、ブイ、灯標、商船、タグボート、水先案内人の間の無線通信などの航行補助装置の無効化などを実施するかもしれない。

今年初め、ノルウェー警察は妨害行為の疑いのあるロシア人が乗り組んだ船舶を拿捕(その後釈放)した。このように一時的に船舶を拘束してもロシアの妨害行為を抑止することはほとんどできない。この際、NATOはバルト海でのハイブリッド戦争に対抗するために構成された能力、人員、艦艇を備えた海上機動部隊を立ち上げるべきである。フリゲート、哨戒機、ドローンおよび主に海底インフラを保護するためのアセットを含む新たな「バルト海セントリー作戦(Operation Baltic Sentry)」は最初の取り組みとしては良いが、十分とはいえない。

ロシアのグレーゾーン活動は、ロシアに課せられた厳しい制裁を回避するために石油を違法に(主にアジアに)輸送するタンカーの「影の船団」の運航を補完するものである。一週間前、フィンランドの特殊部隊はロシアの影のタンカーを拿捕し、海底ケーブルの切断に関与したかどうかを調査した。しかし、ロシア商船隊の不透明な性質を考えると、そのような事件を法廷で証明するのは困難だ。

NATOは、バルト海外の同盟国(フランス、イタリア、スペイン、アメリカ、カナダの海軍と沿岸警備隊)を監視と拘束の役割に参加させ、海上哨戒を強化する必要がある。同盟はまた、直接的な敵対行為が勃発した場合にカリーニングラードの施設を弱化あるいは破壊したりすることを念頭に置いて訓練を増やすべきである。

しかし、最も緊急の目標は、影の船団に対して相応しい十分な戦力でハイブリッドの脅威に対処することだ。つまり、違法な活動に従事している可能性のある船舶を特定し、NATO海域内で確実に追跡し、海上特殊部隊(米SEALS及び相当する部隊)を使用して、そのような船舶に追跡装置を「タグ付け」するのだ。

NATOは、民間人を装って違法行為を行うロシア船舶の動かぬ証拠を収集すべきである。徹底的な捜索のためにそれらの船舶を拘束し、敵対的な活動に関与していることが証明された乗組員を起訴する。違法行為の証拠が明らかな船舶は破壊することさえあるだろう。そうすることでプーチン大統領にハイブリッド戦争を実施することの代償についてのメッセージを送ることができるだろう。

モスクワとの取引における鍵は単純で、賢明に十分に強力なレベルの武力で対応することだ。我々はプーチン大統領に、ハイブリッド戦争の「マント」でヨーロッパの中心にある違法で敵対的な海上部隊を隠すことはできないことを示さなければならない。

参考資料:”Putin Takes Hybrid Warfare To The Sea,”(Bloomberg, October 18, 2025 by Admiral James Stavridis)