▼トランプ大統領のアジア歴訪開始

 北朝鮮「労働新聞」は5日、トランプ米大統領に対し「破滅を免れたいのなら、むやみに口を開くな」とけん制しましたが、日米で北朝鮮に対して最大限の圧力をかけることで同意する等、予定どおりの展開です。韓国からの非戦闘員避難については、通訳だけを入れた二人で話されたとされていますがどうだったのでしょうか。

 離日前のトランプ大統領のツイッターは、「My visit to Japan and friendship with PM Abe will yield many benefits, for our great Country. Massive military & energy orders happening+++! (日本訪問と安倍首相との友情は我が国に多くの利益をもたらすだろう。大規模な防衛装備品やエネルギーの注文が来る!)」となっており、これが偽らざる米国内向けの「来日の成果」なのでしょう。日本人としては「やっぱり?」の感は否めません。

 今回のアジア歴訪を通じて、様々な情報発信が活発に行われると思いますが、これらも情報戦の一部であることを踏まえてメディアに接することが大事だと思います。情報戦とはちょっと違いますが、近年用いられるようになった概念として「戦略的コミュニケーション(SC: Strategic Communication)」があり、統合ドクトリンにも含まれています。

 これは、今回について言えば、北朝鮮に対して米国の国益、政策、戦略目標(ミサイル・核開発の放棄)の達成のための環境を効果的に作り出するため、大統領のアジア歴訪にあわせて対北制裁の強化、空母3隻の展開、横田基地での演説、日米首脳共同記者会見等のメッセージ発信を国家レベルで同期させる取組を指しています。いずれ、後の回でもう少し詳しく触れたいと思います。

 抑止の効果なのでしょうか、9月15日の「火星12」以来50日以上、挑発行動が止んでおり、日米間では「制裁の成果は徐々に出ている」と評価されています。一方で、11月1日には、北朝鮮の元駐英副大使で、昨年韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)氏が、米下院外交委員会の公聴会で、北朝鮮国民による蜂起が金正恩政権の崩壊につながる可能性があると証言しました。内部崩壊シナリオは以前から指摘されていますが、核、ミサイルそのものとは異質の脅威として十分に警戒しなければならないものと言えます。(2017年11月13日記)

 さて、今回は敵の重心を把握した後の考え方について述べます。

 重心が「力の源泉」というからには、敵も味方もそれぞれ自身の重心は十分に防護しているはずであり、それとの戦い方には工夫を要するのは当然といえます。

▼重心との戦い方:直接アプローチと間接アプローチ

 敵の重心との戦い方には、基本的に「直接アプローチ」と「間接アプローチ」の二つがあり、状況に応じてどちらをとるかを決めます。

 「直接アプローチ」というのは、敵の重心に対して戦闘力を直接指向する戦い方です。作戦としてはシンプルであり、勝利への最短距離となり得ますが、十分に防護されていることの多い敵の主力への直接攻撃ですから失敗の危険も大きいので、指揮官は友軍が受容可能なリスクで攻撃できる戦闘力を持つかを慎重に判断しなければなりません。

 その結果、直接攻撃が合理的でないと判断した場合、指揮官は、直接攻撃が成功裏に実施できる条件が整うまでの間は、敵の脆弱性に対して戦力を指向する「間接アプローチ」を追求すべきです。間接アプローチでは、敵の強点を避けつつ、敵の脆弱性を順次叩いてゆくことで重心を撃破します。

▼戦略、作戦各レベルでの間接アプローチ

 現行の統合ドクトリンでは、大きな被害が出る可能性のある直接アプローチよりも間接アプローチを中心に考えているといってよいと思います。では、戦いの階層ごとにどのように間接的なアプローチをとるのでしょうか。

 まず戦術レベルにおいては、前回の重心分析の例に示したように直接機甲軍団を攻撃するのではなく、敵の戦闘力を構成する要素に対し逐次攻撃を加えるというものです。この場合は、レーダーネットワークから順に攻撃してゆくことになります。

 敵の重心に対し、その決定的脆弱性を通じて攻撃する間接アプローチは、必然的に敵の機動能力を減少させ、指揮統制能力を弱化させ、防空など重要な防護機能を破壊あるいは制圧することになるはずです。

 次に作戦レベルで敵の重心を撃破するために最も普通に行われる間接的な手段は、敵の兵力を大きなくくりでとらえて、戦域内の敵の兵力を分断するように攻撃を加える、敵の予備兵力や作戦基盤を破壊する、敵の主要部隊あるいは増強兵力の作戦地域への展開を妨げる等です。

 戦略レベルにおける敵の重心を撃破する間接的な手法としては、敵の同盟国や有志連合の一体性を破壊し戦力を弱化する、経済制裁を課し作戦資材等を制限する、世論戦等により国民の厭戦感をあおり国家としての戦意を弱化させる等が考えられます。

 こうした各レベルにおける一貫性のあるアプローチを同期させながら行うことにより戦闘における勝利を目指すのが「間接アプローチ」のポイントといえます。

▼刺すべき心臓のない国

 重心との戦い方に関して、参考となる戦史は数多いと思いますが、ここでは敵に「重心」を掴ませなかったとでもいえる日中戦争の例を紹介します。

 この戦いにおいて日本軍は、一戦一戦では確かに勝利を収めていました。しかし、それは、広大な中国の膨大な人民の大海の中での僅かに点と線の確保をもたらしたにすぎず、中国軍の度重なる敗走にもかかわらず、肝心の国民党政権はびくともしませんでした。中国軍の行動は「遅滞行動」と呼ばれる持久の一種である防勢的な戦術行動であって、時間を稼ぎ地域を守る防御戦闘ではなく、地域を犠牲にして時間を稼ぐ中国流戦法でした。

 南京事件時の幣原喜重郎外相は、「何処の国でも人間と同じく心臓は一つです。ところが中国には心臓は無数にあります」と警告していましたが、やがて軍はこの警告が当たっているという不気味な事実に気づき始めたのでした。つまり、日本軍が勝利したのは、主に戦術レベルからせいぜい作戦レベルの目標に対してであり、「無数にある」とされた「心臓=重心」との戦い方に見通しがないのであれば、それは勝算のない戦いだったと言えるのではないでしょうか。(森本忠夫著『魔性の歴史』より)

▼仮定と制約は重要

 本題に戻ります。

 使命、目標、重心を把握し、重心との基本的な戦い方を決めたら、作戦の構想作りに着手するのですが、その前に作戦計画作成にあたっての「仮定と制約」を明らかにする必要があります。

 作戦計画を準備する時点においては、実際の危機が発生していない場合が多いでしょうし、発生していても様々な重要な情報が欠けているのが普通です。したがって、このステップを軽視し、何となくの仮定や制約を設定したり、思い込みで作戦計画を完成させてしまった場合、危機が現実となったり、現実の情報が明らかになった時、事前に準備していた計画をどう修正すればよいか分からなくなります。

 さらには戦略レベルの計画を基本として作戦、戦術各レベルで同一系統の作戦計画が部隊ごとに多数作成されているはずなので、仮定と制約は明確化して関係先全体に周知しておかないと実際に作戦を実行する際に統制が取れなくなる恐れがあります。

▼作戦上の仮定

 作戦計画の作成作業の初期の段階では、必要不可欠な多くの情報が欠落しているのが普通です。これらの情報のうち、敵と友軍に関する必要不可欠な情報については、極力妥当性のある仮定を立てて作業を進めることになります。

 長期的に生起する可能性のある危機に備えて時間をかけて作成するやりかたを「熟慮型計画」といいます。この計画には、実際に危機が発生しないと分からない情報が仮定として多く含まれているのはむしろ当然といえます。

 一方、実際に危機が発生した状態で作成されるものを「危機対応型計画」といいます。この計画にも仮定が多く含まれ得るのですが、作戦発動に間に合うよう極力早期に事実に置き換えられなければならないため、情報部署には必要となる情報要求を計画作成段階から出しておくことになります。

 「イラクの自由作戦」を例にとると、以前に作成された対イラク作戦計画は存在していましたが、計画作成を指示された開戦の1年4か月前にチェックしてみると、大幅な見直しが必要とされたため、多くの仮定が必要になりました。計画作業初期段階における仮定は主なものだけで以下のとおりであり、この一つひとつについて更に詳細な仮定が必要とされることは当然です。すでに「不朽の自由作戦」を実施中であったものの、新たにイラクと戦端を開くことに関しては、有志連合の動向も読み切れない中、多くの仮定事項がフランクス中央軍司令官からブッシュ大統領はじめ関係する閣僚等に報告されたとされています。

① 米国単一行動となってもそれを可能とする現地支援国の承認が得られる

② 国務省はイラク暫定政権の発足を推進する

③ 近隣諸国は干渉しない

④ NATO諸国は所要の領空通過と基地使用を認める。フランス、イタリア、ドイツ、ベルギーは拒否する可能性あり

⑤ 米軍を支援するか最低でも協力するイラク反体制派がいる

⑥ イスラエルはイラクからの攻撃に対する自国防衛能力を強化する

⑦ 米国の民間予備航空隊が兵員と資材の輸送を支援する

⑧ 大量破壊兵器で汚染された戦場での行動の準備をする

⑨ 他の戦域の巡航ミサイル等を中央軍に優先的に割り当てる。他の戦域の事態対処計画は可能であれば一時停止する

⑩ 不朽の自由作戦等を利用して部隊を移動させる。同作戦は手を緩めない

⑪ 戦闘開始前に現地兵力を10万5000人以上にする

  仮定は、その妥当性を確認するため継続的に見直し、その当否が判明した場合には速やかに計画に反映させることは当然のことです。また、重要な仮定が間違いであったと判明した場合を想定して計画の変更を予め準備しておくことになります。

 これらの仮定に関する事項を含め、指揮官が重要な決定を行うのに必要な情報があれば、それは指揮官の「重要情報要求(CCIR:Commander’s Critical Information Requirement)」として極力早い段階から示しておかなければなりません。例外はあり得るものの、実際に作戦命令を発出するまでにはすべての仮定の解消を追求すべく努力するのが幕僚の務めとなります。

▼作戦上の制限

 仮定を決めることと並んで計画作成に不可欠な要素は、作戦に対してどのような制限がかけられるかを明確にすることです。作戦上の制限には、上級の指揮官から実施を強制あるいは禁止された行動及び指揮官の行動の自由を制約する外交取り決め、自国及び関係国の政策や方針等を反映した交戦規定があります。

 「強制(Constraint)」とは、上級指揮官から実施を要求され行動の自由を制限する事項であり、「禁止(Restraint)」とは、上級指揮官から実施を禁止され行動の自由を制限する事項です。また、これらに加えて、戦死者の局限等、特定のリスクに関しての許容度が示された場合、作戦の制限事項となり得る場合があります。

 フォークランド紛争においては、兵力が限られていることから当初は飛行場の破壊だけで占領を伴わない襲撃を計画していたグース・グリーン襲撃が、英国民や国際社会に英軍が作戦の主導権を握っていることを示すとの政治的な思惑から占領を「強制」された例があります。また、サッチャー戦時内閣は軍事行動全般に関してアルゼンチン本土基地への攻撃を「禁止」し、さらに作戦上の制限として、フォークランド諸島への上陸時期は政治主導で決定することが指示されました。

 「交戦規定(ROE: Rules of engagement)」には作戦を制限する事項が多く含まれますが、それらの制限は、基本的には国際法の規定を上限とし、政策的に特定の項目に制限をかける「ネガリスト」方式をとっています(これに対してすべての実施可能項目を法律の根拠等に基づき列挙する方法をポジリスト方式といいます)。

 指揮官は、自らに課せられた制限を踏まえ、その枠組みの中で最大の行動の自由を得られるよう作戦方針を組立てることになります。フォークランド紛争時の南ジョージア島奪回作戦のROEの大枠は、以下のとおり3つの区分に規定されました。

① サウス・ジョージア島までの公海上行動時

   挑発を避けることを最優先とし断固として侵略に対応

   ・被攻撃部隊に対する防護支援は許可

   ・明らかな敵対行為に対して最小限の武力行使は許可

   ・原潜は隠密行動、被探知時は回避、被攻撃時は交戦を許可 等

② アルゼンチンが宣言した排除水域内通過時

   排除水域の実施を放棄させるためプレゼンスを顕示する

   ・アルゼンチン軍目標は進路を変更させる

   ・敵対行為をとるアルゼンチン軍潜水艦には警告後の攻撃を許可 等

③ 奪回作戦時

   アルゼンチン軍艦艇、航空機に対し島の奪回のため必要な行動を許可

   ・アルゼンチン軍潜水艦には警告後の攻撃を許可

   ・その後、アルゼンチン軍艦艇が射程25マイル(46km)の艦対艦エグゾセミサイルで攻撃でき、潜水艦も同様に魚雷攻撃できることから、「(南緯35度以南で)25マイル以内に接近した敵対行為をなすアルゼンチン軍艦艇、航空機、潜水艦に対する攻撃を許可」と変更。

 一般的には、強制や禁止は、政治、外交的な要素を反映して作戦の大枠を規定するように個別に指示されることが多いといえます。これに対して、交戦規定は、強制や禁止で指示された事項を含む戦略レベルの要求を、作戦・戦術レベルに反映させるために具体的な戦術行動のレベルで細かく示されるもので、状況にあわせて継続的に見直されるものといえます。

▼行動の自由とは

 ところで、今回は「行動の自由」という言葉が出てきましたが、これからも作戦を語る場合に度々出てきます。これは、文字通り「行動する(できる)自由(度)」という意味なのですが、では作戦上どれほどの「自由(度)」が求められるのでしょうか。

 それを考えるヒントに「独断専行」という言葉があります。情勢に応じ部下の責任において命令と違った事をやらなければならないということですが、その条件は次のとおりとされています。

① 情勢が命令受領時と全く変化し、報告して新しい命令を受ける方法がないか、余裕がないこと(この場合は、後に、速かに上司に報告して了解を得る必要がある)

② 当初の命令を実行したら明らかに命令者の意図に合致せず、自分の判断した新たな行為は命令者の意図に合致すること

③ 「進んで名を求めず退いて罪を避けざる」という良心的な行為であり、自ら責任を負う覚悟ができていること

 独断専行は必ずやらなければならないことです。また、上官は情勢の変化の幅を予測して、適切な独断専行をやれる「余地」を部下に与えることが必要です。この「余地」がいわゆる行動の自由の下限だと思います。上限については、大きいほど良いということではなく、作戦上の「経済の原則(主作戦において最大の戦闘力を発揮できるよう他の作戦には必要最小限の戦闘力を用いる)」や情勢の変化に応じてとられる様々な対応策(分岐策や事後策(後述))の発動、更には作戦の主導権を握ってテンポ(後述)を管制する能力を考慮して許される程度ということになると思います。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。