シーパワー500年史 46
習近平体制は異例の3期目に入りました。側近をイエスマンで固めて「個人独裁」を目指しているように見えます。まさか毛沢東の時代のようにはならないと思いますが、中国の歴史の流れに逆行しているかのようです。習近平に対するブレーキ役がいなくなり、中国の海洋進出や台湾統一に向けた動きは今後ますます強化されることになるでしょう。
このような厳しい情勢を見ると、昨年の日米の台湾に対する政策変更は大きな意義があったといえます。この半世紀ぶりの政策見直しは遅すぎた感はありましたが、今後の海洋戦略の方向性を左右する大きな転換点を象徴するものだといえます。今回はその経緯を辿ってみます。
▼「マラッカ・ジレンマ」
中国は建国以来、長大な陸上国境を巡って周辺国と対立してきたが、冷戦後、インドを除いてほぼすべての陸上国境を画定した結果、海洋における領土問題が残る形となった。選挙を経ていない中国共産党政権は、その正統性を経済発展とナショナリズムに依存してきたが、近年、経済成長にかげりが見え始めているため、東シナ海と南シナ海で失われた領土の回復に取り組むことは国民のナショナリズムに訴える格好の政策となっている。
また、中国は2017年には世界一の石油輸入国となったが、経済発展を続けるには東シナ海や南シナ海の海洋資源の開発は重要で、同海域の海上交通路の安定確保も不可欠である。中国の輸入原油の8割がマラッカ海峡から南シナ海を通過していることから、中国の経済安全保障は南シナ海の安定にかかっているといっても過言ではない。
このようなマラッカ海峡が抱える潜在的な脆弱性は「マラッカ・ジレンマ」といわれる。中国は、実質的に米海軍の管制下にあったこの海域への影響力を増すために海軍を増強して活動を活発化させたが、結果的に「中国脅威論」を強めることになり米軍を含む諸国海軍のさらなる対抗措置を誘発して緊張を高めてしまっている。
▼尖閣の危ういバランス 東シナ海
東シナ海では、日中間で排他的経済水域(EEZ)と大陸棚の境界が未確定である。遠浅の東シナ海では潜水艦などの行動に制約があるため、中国は水深のある沖縄トラフまでを自国の大陸棚と主張(大陸棚自然延長論)して等距離中間線論をとるべきとする日本と対立している。
また、尖閣諸島周辺では日本政府が島の所有権を取得した2012年以降、日中の公船と海軍艦艇が対峙するという危ういバランスが長期化しており、武力攻撃に至らない侵害行為で偶発的衝突を誘発しかねない「グレーゾーン事態」の発生が懸念されている。
さらに、尖閣諸島周辺では中国公船による日本漁船に対する追尾や中国海軍艦艇による海自艦艇などへの射撃管制レーダーの照射などの妨害行為がエスカレートしている。中国は海警局に外国船舶への武器使用を認める海警法を施行し(21年)、「自国(尖閣諸島)の領海で法執行活動を行うのは正当であり合法だ」としているが、海軍と海警との連携を強め海上民兵も含んだ非正規戦である「海のハイブリッド戦」の構えをみせているものと思われる。
中国はまた、東シナ海において「東シナ海防空識別区」を設定し(13年)、その一方的な海洋進出を上空にも及ぼし始めた。中国の「識別区」は、一般的な防空識別圏(ADIZ)と異なり、広大な識別区を通過するだけの航空機にもフライトプランの提出を義務づけ、指示に従わない航空機には武力による「防御的緊急措置」をとり得るとしたものだ。あたかも防空識別区を領空のようにみなすもので、中国の「戦略的国境」の考え方を反映し、接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力の向上を図ろうとするものである。
▼南シナ海の地政学
中国は南シナ海に「九段線」という区画線を示し(1953年)、その内側海域の島嶼の領有権と海底資源の排他的権利を一方的に主張している。これは1947年に中華民国が調査を踏まえて地図上に引いた「十一段線」から、ベトナム戦争での北ベトナム軍支援のためにトンキン湾付近の2線を除いたものである。
中国は南ベトナムから西沙諸島を奪って以来(1974年)、武力を用いて南シナ海全域の支配を進めてきたが、中国にとっての南シナ海は、19世紀末から20世紀にかけての米国にとってのカリブ海のようなものだとカプランは指摘する(『南シナ海が“中国海”になる日』)。米国は、米西戦争とパナマ運河の建設によりカリブ海のヨーロッパ列強の勢力を駆逐し「米国の海」とした結果、西半球を実質的にコントロールする世界的な国家になった。現代の中国も同じようなことを考えている可能性があるが、南シナ海はカリブ海と違って海上交通路が集束し経済的に発展した沿海部を守る正面でもある。南シナ海を「中国の海」とすることができれば、米国に対する大きな戦略的縦深を得られることからも極めて重要な海域だ。
2016年にはフィリピンが申し立てた仲裁判断で「九段線」の根拠が否定され、岩礁の埋立てなどの違法性が認定されたが、「九段線」の正当な根拠は、あるとすれば台湾が持っているのだろう。中国は、近年、埋め立てた岩礁などの軍事拠点化、新行政区の設置、公船などによる示威行為など「中国の海」化に懸命だ。米国は中国の南シナ海での権益主張を「完全に不法だ」との声明を出し(20年)、米中の対立は新たな段階に入っている。
▼「航行の自由作戦」と中国の「リスク戦」
米海軍などは、このような中国の一方的な主張の既成事実化を認めないとの立場を示すために「航行の自由作戦」を行っている。これに対して中国は強く反発しており、2018年には中国駆逐艦が米駆逐艦に異常接近し、米艦の緊急操艦で衝突を免れたという事案が起きた。これに対して米国は、海軍艦艇を半年間に5回も台湾海峡を通過させて対抗したが、このような中国の行動は、通常の監視活動中にも起きている。中国戦闘機が米海軍哨戒機などに対して衝突寸前の接近飛行を行ったり(14、16年)、米海洋観測艦が水中無人機(UUV)を中国海軍艦艇に一時奪われる事案(16年)などがそれだ。
このように、中国は自己の主張のためには他国が冒せないような高いリスクを厭わない傾向が強く、「リスク戦」ともいうべき行動をとっている。米中間にはホットラインが設置されたが(08年)、両国とも妥協しない姿勢を示していることから今後とも繰り返される問題だろう。
▼一帯一路
中国は、欧州にいたる鉄道網を整備する「新シルクロードベルト地帯(一帯)」と欧州に至る港湾を含む海路を整備する「21世紀海上シルクロード(一路)」構想を発表し(2013年)、巨大な貿易圏を築く「一帯一路」構想を推進している。
このうち「一路」については、中東やアフリカに至る海上交通路の確保を重視しており、インド洋沿岸諸国との友好関係の構築と軍事拠点の確保に力を入れてきた。これは「真珠の首飾り」戦略といわれ、インドは自国に対する包囲網ととらえて警戒感を強めている。
この「一帯一路」は、後述する「自由で開かれたインド太平洋」と対比されうる地政学的な大構想だが、途上国に巨額のインフラ投資を行い、返済できなくなると当該インフラの長期運営権などを得る、いわゆる「債務の罠」や巨額の対中債務を抱えた途上国に対して、政治的、軍事的に中国に隷属させる「新植民地主義」など様々な問題が起きている。
支援した港湾などを中国海軍の根拠地とすることはしばしばで、東欧など欧州各国の間では、期待した経済成果を得られないばかりか、債務の拡大や人権問題に加え、強権的な習近平政権への違和感も広がり「中国離れ」が始まっており、大規模プロジェクトを中断、取り止める例が出ている。主要7カ国(G7)が「一帯一路」に対抗して発足させた途上国向けのインフラ支援枠組み「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)」(22年)が成果を挙げるようになれば「一帯一路」は失速する可能性も考えられる。
▼半世紀ぶりの台湾政策見直し
中国は台湾との軍事力バランスにおいて圧倒的に優位に立ち、台湾の蔡政権の発足(16年)以来、空軍機の台湾周回飛行や台湾海峡の中間線越えなどを常態化させ軍事的圧力を強めている。これに対して台湾国防部は軍事衝突の可能性に強い危機感を示し(21年)、「グレーゾーン事態」への対応を強化している。
米国も米中の戦力差の縮小などから、人民解放軍創設100周年を迎える2027年までに「台湾有事」が起きるのではないかとの危機感から、バイデン政権は台湾関係法にもとづく武器売却や軍事支援を拡大している。
こうした中での日米首脳会談(21年)において、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有し(中略)東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する」との共同声明を発表し、中国を強くけん制した。また、日米安保条約5条の尖閣諸島への適用が再確認され、後述する「自由で開かれたインド太平洋」の構築のための日米豪印やパートナーとの協働、そして台湾海峡の平和と安定の重要性と両岸問題の平和的解決を目指すことでも日米は一致した。
この共同声明で画期的だったのは、日米の台湾政策が半世紀ぶりに見直されたことだ。台湾は、台湾海峡とバシー海峡という二つのチョーク・ポイントに面し、南西諸島やフィリピン群島とともに中国を半封鎖状態に置き得る位置にあり、日本とは防空識別圏が一部重複するという極めて重要な地理的位置にある。
台湾有事にせよ尖閣有事にせよお互いに地理的に近く、作戦としてはほぼ同じ戦域になることから、相互に影響する可能性は極めて高い。また、作戦の拠点となる沖縄を含む南西諸島にも波及することは必至で、尖閣と台湾の防衛はセットで考える必要がある。今後の尖閣有事に備えた日米共同演習を通じて、尖閣有事と台湾有事との関係を明らかにし、日本の台湾政策を確立して、日米と台湾間の安全保障協力のあり方を追究することが求められている。
【主要参考資料】 平松茂雄著『台湾問題-中国と米国の軍事的確執』(勁草書房、2005年)、ロバート・D・カプラン著『南シナ海が“中国海”になる日』奥山真司訳(講談社+α文庫、2016年)、堂下哲郎「東シナ海をめぐる日米協力」(政策研究フォーラム『改革者』、2021年6月)
※本稿は拙著『海軍戦略500年史』の一部をメルマガ「軍事情報」(2021年5月~2022年11月)に「海軍戦略500年史」として連載したものを加筆修正したものです。