日本は中国に対峙する覚悟を持て
パンデミック下でも尖閣、台湾を狙って着々と布石を打つ中国。「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指して半世紀ぶりに台湾政策を見直した日米同盟。「核心的利益」を断固守ろうとする中国に対峙する日本にはこれまでにない覚悟が求められている。
▼実現近づく中国海洋戦略
中国の海洋戦略は、有事において「第2列島線(伊豆諸島~小笠原諸島~グアム~パプアニューギニア)」の内側では米軍に自由な行動をさせず、「第1列島線(南西諸島~台湾~フィリピン~ボルネオ島)」の内側へは近づかせないというものだ。
中国は、昨年来、空母「遼寧」などの東・南シナ海における機動訓練、3海域(東・南シナ海、黄海)・4海域(加えて渤海)同時の軍事演習を実施したほか、南西諸島海域でも潜水艦を行動させていると推定されている。このように、パンデミック下でも一貫して第1列島線内の制海権の確保を進めており、中国の海洋戦略は着々と実現に近づいている。
これに対して米国は、航行の自由作戦、空母や原潜の派遣および日豪との共同訓練などでけん制しているが、中国は「空母キラー」といわれる弾道ミサイルを南シナ海に発射するなどして対抗している。96年の台湾海峡危機では米空母の派遣により中国の動きを封じ込められたが、今後はおそらく通用しなくなるだろう。
軍事以外でも、中国は南シナ海での新行政区の設置、公船によるベトナム漁船への体当たり、マレーシア沖での調査活動および尖閣周辺の海底命名リストの公表など海洋権益の確保に懸命だ。これに対して昨年7月、米国は中国の南シナ海での権益主張を「完全に不法だ」との声明を初めて出し、米中の対立は新たな段階に入ったといえる。
本年3月には、海上民兵が乗っているとみられる中国漁船220隻によるフィリピンEEZ(排他的経済水域)内での示威行為や策定中の「ASEAN行動規範」から西沙諸島を除くよう要求するなど、一貫して力による一方的な現状変更を追求している。
▼尖閣の危ういバランス
尖閣諸島周辺では、中国は公船と海軍艦艇を配備しており、それぞれに海上保安庁と海上自衛隊が対応するという危ういバランスが長期化している。このような中、多数の中国漁船が公船とともに領海侵入を繰り返したり、ドローンが領空侵犯するなどしており、武力攻撃に至らない侵害行為で、偶発的衝突を起こしかねない「グレーゾーン事態」が懸念されている。
昨年、尖閣諸島の接続水域で中国公船が確認されたのは333日に及び、領海内で日本漁船を追尾する動きもたびたび見せており、わが国の抗議にもかかわらず、活動の常態化やエスカレーションが著しい。
中国公船の大型化や重武装化も進んでおり、荒天下でも長期間にわたって居座れるようになってきた。わが国も海上保安庁の大型巡視船や航空機を追加配備したほか、沖縄県警には武装漁民の不法上陸などに対処する「国境離島警備隊」も発足して態勢を強化している。
中国は本年2月、海警局に外国船舶への武器使用を認める海警法を施行し、「自国(尖閣諸島)の領海で法執行活動を行うのは正当であり合法だ」として活動を強化する構えをみせた。これに対して、わが国も中国公船に対して「危害射撃」を行ない得ると警告したが、中国側は「いかなる挑発行為にも断固対応する」と反発している。
▼台湾もハイブリッド戦・グレーゾーン事態
中国は、蔡政権の発足以来、空軍機の台湾周回飛行や防空識別圏への進入を常態化させ、台湾海峡の中間線越えも頻発している。また、周辺の島嶼部では台湾漁船等に対する妨害も多発しており、昨年10月には台湾・馬祖列島に中国の大船団が押し寄せ違法な海砂採取を行なった。
台湾海巡署(コーストガード)は「中国が民兵の乗り込む船、海警船、軍艦艇による三段構えで、台湾本島、離島を圧迫してくる可能性は排除できない。小規模な摩擦、突発事件も起こりうる」と警戒感をあらわにしている。軍事と非軍事の境界を曖昧にして相手に複雑な対応を強いる「海のハイブリッド戦」である。
台湾国防部は本年4月の報告書で「台湾海峡で軍事衝突のリスクが高まっている」として強い危機感を示し、今後の最優先課題に「グレーゾーン事態」への対応力強化をあげている。
バイデン政権は、台湾関係法にもとづく武器売却や軍事支援を拡大しているほか、米台コーストガード間での協力や当局者交流に関する制限を緩和して台湾への関与を強めている。
▼日米の危機感と半世紀ぶりの戦略変換
米国は、中国の台湾に対する軍事的圧力や、米中の戦力差の縮小などから、人民解放軍創設100周年を迎える2027年までに「台湾有事」が起きるのではないかとの危機感を強めている。このため国防総省は対中戦略見直しの方向性を本年6月までに示す方針だ。
4月の日米首脳会談では、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有し」、「東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する」と中国を強くけん制した。
発表された共同声明の中で、海洋安全保障の分野では、日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用、「自由で開かれたインド太平洋」の構築のための日米豪印やパートナーとの協働、そして台湾海峡の平和と安定の重要性と両岸問題の平和的解決が強調された。
このうち日米豪印4カ国の「クアッド」は、本年3月、「海上秩序に対する挑戦に対応する」として中国を念頭に置いた安保協力に踏み出すことを表明した。これに対して中国側は、「インド太平洋版の新『北大西洋条約機構(NATO)』を作ろうとしている」と警戒感をあらわにしている。
今後「クアッド」は、「対中包囲網」参加に慎重なインドとの連携のあり方を模索しつつ、この地域に関与を強めている英仏はじめカナダ、ニュージーランドなどパートナー国との連携を深めて、抑止力を高めることが期待される。
▼尖閣と台湾はセット
共同声明で画期的だったのは、日米の台湾政策が半世紀ぶりに見直されたことだ。これは米国の危機感がベースにあると思われるが、台湾有事にせよ尖閣有事にせよ相互に波及する可能性は極めて高く、作戦の拠点となる沖縄を含む南西諸島にも影響することは必至だ。台湾政策の見直しに合わせて「尖閣と台湾はセット」で取り組むべきとの認識を米国と共有することが必要である。
幸いにも、首脳会談に先立つ3月の日米防衛首脳会談で、尖閣諸島の有事に備えて日米で共同演習を実施することで一致し、侵略された場合の奪還や日米の役割分担などを確認することが合意された。演習を行なうには共同作戦計画の策定が前提となるため、その計画作りの中で、尖閣有事と台湾有事との関係を具体的に明らかにし、日米間で認識をすり合わせることが求められる。
▼フォークランドの教訓
尖閣や台湾の有事における日米共同について、フォークランド紛争(1982年)は貴重な教訓となる。この紛争は、アルゼンチンが軍事力を強化する一方で、英国が海外領土の放棄や海軍の縮小を進める中で起きた。アルゼンチンにとって同諸島は極めて重要であったが、英国にとっての重要度は相対的に低く、当初は同盟国アメリカも中立的立場を保っていた。アルゼンチンは、英国の防衛意志も能力も弱まっていると考えて「今なら勝てる」と開戦したのだ。
果たしてわが国の防衛意志は、国家の「核心的利益」を賭けてその実効支配を狙っている中国に対して十分な抑止となっているだろうか。懸念されるもののひとつが、わが国の人的損害に対する許容限度の低さである。仮に尖閣有事に際して、わが国が自衛隊の出動に躊躇するような状況が起きた場合、米国の世論や議会は極東の無人島のために米国の若者の血を流せとは言わないだろう。
かつてトランプ大統領は、日米安保を「不公平な条約だ」と断じたが、このような考え方は、テロとの戦いで疲弊し、海外の安全保障よりも国内の再建を優先すべきとする一般の米国民の心情を代弁しており、それはバイデン政権下でも同じだ。
また、アーミテージ元国務副長官は、「尖閣諸島を米軍が守ってくれるのか」という日本人記者の質問に対して「日本の兵士が米軍の前で戦っていれば米軍の兵士も戦う。日本の兵士が横で戦っていても、米軍の兵士は戦う。しかし、日本の兵士が米軍の後ろにいれば、米軍は戦わない」と怒気を込めて答えたという。自衛隊自身の覚悟も改めて問われるところだ。
平和的な解決のためには抑止を成功させなければならない。抑止力を高めるために同盟国の関与を確固たるものにするには、まずわが国としての「本気度」を示すことが不可欠だ。
▼米軍の態勢見直しへの対応
「本気度」とならんで重要なのは、それを裏付ける「能力」があることを証明することである。そのためには、米軍の態勢や台湾政策の見直しなどに果敢に取り組むことが必要だ。
米軍は中国に対する新しい戦略を見据えて、すでに米軍の態勢を見直し始めている。
まず海軍では、中国海軍への対応で負担が大きくなっている第7艦隊の担当海域を二分し、新たにつくる第1艦隊にインド洋を担当させ、第7艦隊は西太平洋において同盟国とともに中国海軍への対抗に専念することが検討されている。空軍は、従来のミサイル防衛では中国の弾道ミサイルから米軍基地を守るのが困難になってきたため、グアムにローテーション配備してきた戦略爆撃機を本土に帰還させ、定期的に前方展開させることに変更した。海兵隊は、30年までに1万人以上を削減し、即応力の高い「海兵沿岸連隊」の創設などによる沖縄の第3海兵遠征軍の改編に取り組む方針だ。
新たなミサイル網の構想もある。米露間の中距離核戦力全廃条約が失効(19年)したことを受けて、米軍は中国の弾道ミサイルに対抗するために「第一列島線」に沿って地上配備型の中距離ミサイル網を配備することを検討している。
日米両政府は、年内ともいわれる次回「2プラス2」に向け、これらの米軍の態勢見直しや自衛隊の対応など同盟強化の具体策を協議することになる。そこでは、敵基地攻撃能力の保有などについても具体的な結論を出すことが求められるだろう。
▼台湾に関する安保政策の確立
中国が軍事作戦によって台湾本島を占領するには、米軍が介入しないことや短期間の局地戦で終結することが必須条件になるだろうが、実際には極めて困難だろう。
それでも米軍が介入する前に一定の既成事実を作ろうとすれば、沖縄の米軍基地の機能をマヒさせるとか日米の離間を図るために尖閣を利用するなどのことは十分に考えられることである。このようなことから、尖閣、台湾そして沖縄を含む南西諸島の安全保障は別々に論じられるものではなく、同じ戦域内の問題として考えなければならない。
これまでのわが国の台湾に関する安保政策は曖昧であり、まして日米が共同して台湾有事に対処することなどは表向き考えられてこなかった。しかし、台湾問題がわが国防衛に直結することは明白であり、台湾についての曖昧な安保政策は限界に達している。これでは、いくら「尖閣と台湾はセット」と訴えても説得力がない。
バイデン政権の立場は、中国による挑戦に対して日本を最大のパートナーとして対応するというものであり、日本は速やかに台湾に関する政策を明確にしなければならない。尖閣を守ることは台湾を守ること、その逆もまた然りという考え方を日本の安全保障政策の柱に据える必要がある。
▼日米共同グレーゾーン事態への備え
安保政策を確立したら、尖閣や台湾における「グレーゾーン事態」や「ハイブリッド戦」に関して日米間での具体的な備えを急ぐ必要がある。米国は、尖閣有事における条約5条の適用を明言しているが、条約にいう「武力攻撃」に相当しない低強度の事態が発生して適用に至らないか、適用の判断に時間を要して既成事実をつくられてしまうおそれについて日米間で真剣に検討しなければならない。
わが国自身の問題としては、グレーゾーン事態、ハイブリッド戦における自衛隊と警察・海保のさらなる連携が求められている。自民党は、本年4月、グレーゾーン事態に「遺漏なく対処」するため、海上保安庁に「領域侵害への対処」を可能とする法改正を目指した提言を出そうとしたが意見がまとまらず、結局「必要があれば法整備も検討する」との姿勢に後退した。
わが国は、防衛計画の大綱(2018年)などで一貫して島嶼防衛を重視し、尖閣諸島も国有化(2012年)するなどしてきたが、「縦割り行政」や政治の不作為でわが国の対処能力の向上が遅れたとしたら、そのまま防衛意思の低下と誤認されかねない。
今回の日米共同声明を受けて、中国はこれまで以上に様々な圧力を加えてくるだろう。日米間で尖閣と台湾の防衛を一体として捉えて実効性のある備えをとると同時に、中国が小さな兵力で短期間のうちに占領する「小さな戦争」で既成事実を作られることのないよう、わが国として隙のない態勢を一日も早く作り上げることが求められている。
※本稿は政策研究フォーラム『改革者』2021年6月号に掲載された拙稿を許可を得て転載したものです。