激変する国際秩序と日米同盟
米国をも凌駕する勢いの中国の軍備増強。習政権3期目に入り武力による台湾統一も現実味を帯びるなか起きたのがロシアの蛮行だ。中国はロシアのウクライナ侵攻から何を学んだのか。安保戦略を大転換した日本は中国にどう向き合うのか。
▼現実味を増す台湾有事と日米の戦略転換
中国は国防費を大幅に伸ばし、通常兵器のみならず核兵器でも米国を凌駕しようとしている。3期目に入った習政権は台湾統一を国家目標とし、毛沢東も達成できなかった歴史的偉業の実現を狙っているともいわれる。中国は、台湾有事をにらんで米軍の行動を妨害する「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略をほぼ完成させ、3期目の終わる27年には一定の台湾侵攻能力を整えるだろう。
米国は、劣勢となった軍事バランスを挽回するため軍事力の増強に取り組み、22年10月に策定された国家安保戦略では日本を含む同盟国にも同様の取り組みを求めている。日本は、中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」として捉え、昨年末の「3文書」の改定において防衛力の抜本的強化、反撃能力の保有などの歴史的な政策転換を行ない、その裏付けとして防衛費をGNP2%とすることを決定した。
中国では、人口減少・低成長時代に入り、国力のピーク・アウトが見込まれているため、習政権が自国が優勢にあるうちに武力による台湾統一を成し遂げようとするのではないかとの危機感が日米で共有された形だ。
▼ウクライナ侵攻の衝撃
このような中国の軍拡に加えて、世界に衝撃を与えたのがロシアのウクライナ侵攻だ。この「戦争」は国際法を無視した蛮行であるばかりでなく、ロシアは核の恫喝により「第三次世界大戦は起こさない」とする米国の軍事介入を阻んだ。ロシアは自国の核抑止力が効果を発揮し、米国の参戦を阻んだ一方で、米国(NATO)の核抑止力はロシアの侵略を止められなかったと認識している可能性があり、今後の核抑止論にとって大きな課題となった。
また、NATO即応部隊の東欧派遣に加え、同志国などからの迅速かつ大規模な武器弾薬、経済支援が行われたことも短期決戦を狙っていたロシアをたじろがせただろう。NATOは、新戦略概念(22年6月)で即応部隊を4万人から30万人に増強することを決定し、各国の国防費も大幅に増額された。スウェーデン、フィンランドがNATO同時加盟を申請するに至り、プーチンの目論見は完全に裏目に出たといえる。
さらに、広範な対ロ経済制裁が極めて迅速に実行されたこともロシアの想定を超えるものだった。ロシアの欧州への天然ガス供給制限などは、「経済相互依存の武器化」が現実になったものだ。これに対して西側諸国は、自国の経済安全保障上の脆弱性、優位性を把握したうえで、資産凍結、戦費調達を遮断する金融機関向け制裁、物・サービスの輸出入禁止、ロシアへの新規投融資禁止など広範囲な対ロ制裁を行った。加えて、同志国企業のロシア市場からの撤退や同志国海運会社によるロシア寄港忌避なども制裁と同様の効果をもたらした。ウクライナの善戦、同志国のロシアへのエネルギー依存の低減努力により制裁は着実に効果をあげており、戦争継続を困難にしてゆくとみられる。
▼中国はウクライナ侵攻から何を学んだか
第一に、中国はウクライナと台湾との作戦環境の違いに着目したはずだ。ウクライナは陸空作戦が中心となっているが、台湾では海空が中心となり米軍の参戦が見込まれる。日本の南西諸島方面や在日米軍基地は作戦の根拠地として攻撃の対象となるし、上陸作戦を短期間で達成するためには、尖閣、北朝鮮、ロシアを「活用」して米軍兵力の分散を図らねばならないと考えているだろう。
支援国の違いも重要だ。ウクライナには広範かつ大規模な軍事支援がなされたが、台湾に武器、弾薬を提供するのは米国が中心にならざるを得ず、海路による追加支援は中国の海上封鎖で困難となる可能性が高い。
第二は、ロシア軍と中国軍の比較だ。中国は、ロシア軍の装備、指揮統制の非効率性、宇宙・サイバー領域の作戦、情報戦における劣勢などを認識しただろう。このようなロシア軍に比べると中国軍は全般的に優れ、台湾海峡の軍事バランスは圧倒的に優位にあると再認識しただろう。インド太平洋戦域でみても中国は優勢で、特に1,500基以上の中・短距離ミサイルはグアムを含む日本周辺を射程に入れているが、米国はこれに対抗するミサイルをまったく保有・配備していない。
第三に、米国の台湾防衛に関するコミットメントの信頼性の問題がある。米国はロシアとの核戦争を恐れてウクライナへの派兵に及び腰だった。ならば、同じく核保有国である中国が台湾に侵攻しても米国は直接介入を避けるはずだと判断しかねない。現在の核弾頭数は、米国の5,428発に対して中国は350発(SIPRI、2022年)に過ぎないが、2030年までに約1,000発に増加させる見込みである。戦力差が縮小すれば中国は対米核抑止に自信を得て、米軍の介入を拒めると判断し強硬な行動にでる可能性が懸念される。
このように中国にとって一見有利な条件がありながらも、台湾に対する武力侵攻のハードルはむしろ上がったと考えているのではないか。まず、核保有大国が武力行使しても国際社会はこれを止められないが、同時に戦争に勝利できない可能性も明らかになった。そして、国際社会は結束して経済制裁をかけることができ、特に長期化するとさらに厳しい制裁を科される可能性を認識しただろう。中国はロシアに比べると米欧日などとはるかに複雑な経済関係にあるが、半導体とその製造技術の禁輸はすでに影響を及ぼしており、ロシアが半導体不足で武器生産ができなくなった状況を深刻に受け止めているはずだ。
また、軍事と非軍事手段を組み合わせ、工作員による偽旗作戦やサイバー攻撃などを行うハイブリッド戦についてもロシアの戦果は限定的だった。ネットワークなど社会インフラの破壊は、相手国の頑強な抵抗に遭った場合に効果を上げようとすればその手段はエスカレートせざるを得ず、国際社会の批判を増大させる。さらに、国内世論の統制も容易でなく、ロシアの暴力的な封じ込めでも完全に抑えられないことが明らかとなった。こうしたことから、台湾の武力統一には大きな困難が見積もられるが、だからといって中国がその選択肢を放棄することはありえず、今後も迅速に台湾を占領できる能力の構築を継続させることは間違いない。
▼中国に対する「脅威認識」と「政経分離」の対応
わが国が中国に向き合う場合に問題になるのが、同国に関する脅威認識と政経分離の問題である。日中間では、安倍首相の訪中時(06年)に「戦略互恵関係」に合意し、互いに脅威にならないことを確認してきたが、尖閣諸島周辺の状況や排他的経済水域(EEZ)内へのミサイル落下(22年8月)などは明らかな「合意違反」といえる。世論調査でも、中国を「安全保障上の脅威と思う」人が81%で、「思わない」の15%を圧倒的に上回っている(読売新聞世論調査(22年9月))。
岸田政権でも日中電話会談(21年10月)において「建設的かつ安定的な日中関係」の構築に同意している。岸田首相は、中国に対して主張すべきことは主張し、責任ある行動を強く求めると明言した。このような中国の「脅威」にどのように向き合えばよいのか。
地理的に近く中国の脅威を身近に認識しているわが国に対して、欧米は「政経分離」のもと、したたかに対応しているといえる。米国は中国を「国際秩序を再編する意思を持つ唯一の競争相手」(22年10月国家安保戦略)と捉えているが、同時に第3の貿易相手国であり、21年の対中輸出入は前年比3割程度増加しており、わが国の対中貿易の伸びを大きく上回っている。軍事転用可能な先端技術の関連物資などは厳しく規制するが、それ以外の貿易は制限していないということだ。NATOも「中国の野心や威圧的な政策は、我々の利益や安全保障、価値観に挑戦するもの」(22年6月行動指針「戦略概念」)としているが、ドイツなどはG7外相会合の最中の首脳会談(22年11月)において中国との経済協力推進で一致している。
日本でも欧米のような「政経分離」は可能なはずだ。昨年末に策定された国家安保戦略では、中国の力による一方的な現状変更の試みには強く反対し、毅然と対応するとする一方で、「わが国経済の発展と経済安全保障に資する形で、中国との適切な経済関係を構築する」としている。
ウクライナの教訓を生かして経済相互依存を侵略国家の「武器」とさせないため、自国(民)の生存にとってバイタルな物資を特定し、当該物資についての潜在的脅威国への依存度を低減、潜在的脅威国にとっての戦略物資の脆弱性を特定し優位性を確保するなどの措置をとりつつ経済協力を進めるのだ。「経済安全保障推進法」(22年5月)の実効性を高めることにほかならない。
では「中国に責任ある行動を強く求める」にはどうするか。中国は「力の信奉者」であることは論をまたない。ロシアのクリミア併合(14年)を受けた人民日報は、「西側世界は…美しい言葉を口にしているが、ロシアとの戦争のリスクを冒すつもりはない…約束に意味はなく、クリミア半島とウクライナの運命を決めたのは、ロシアの軍艦、戦闘機、ミサイルだった。これが国際社会の冷厳な現実だ」と述べている。
このような中国に対峙するには我々も「力と行動」を示す以外にない。中国にとって台湾統一は、最大の国家的目標であり共産党統治の正統性を証明するものなので決してあきらめることはないだろう。日本は、日米首脳共同声明(21年4月)で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を確認し、新国家安保戦略では台湾統一に向けた軍事活動に警鐘を鳴らし「これまでにない最大の戦略的な挑戦」とした。以来、中国が台湾に武力侵攻した場合には日本にも波及し「存立危機事態」に関係してくるという「台湾有事は日本有事」との認識が広がってきている。
▼中国抑止のための日米同盟の進化
わが国は日米同盟を安全保障政策の基軸に位置づけ、不断の同盟強化を行ってきた。本年1月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)や日米首脳会談においても、今後の同盟運営について重要な前進が見られた。
第一に、台湾有事を見据え日米共同で中国に対する抑止力を高めるために、自衛隊の南西諸島の防衛力増強とあわせ、米国は離島有事に即応する「海兵沿岸連隊」の沖縄配備を表明した。
第二に、日本の反撃能力のために、配備される長射程ミサイルの目標設定には米軍の協力が欠かせないため、両国で協力を深化させることを確認した。日米はこれまで「盾と矛」という役割分担論でやってきたが、今後は具体的な日米共同作戦の中でそれぞれがいかなる「任務と役割」を担うのか議論を深める必要がある。
第三は、宇宙やサイバー領域における共同の深化だ。今回、衛星攻撃兵器を開発している中露からの日本の情報収集衛星への攻撃を念頭に、日米安全保障条約5条、米国の対日防衛の適用対象に宇宙空間も含まれるとの考えを打ち出した。19年には大規模サイバー攻撃への5条適用を合意しており、それに続く適用範囲の拡大となる。
第四は、軍事面に限らない対中抑止の方向性が示されたことだ。米バイデン政権は、同盟国の軍事力や先端技術などを結集する「統合抑止」構想で中国に対抗する姿勢を示した。先端半導体、量子やバイオ技術、AI(人工知能)などを含む重要技術の開発やエネルギー安全保障などの分野で協力を一層深化させるとともに、中国の「経済的威圧」に対処するため同志国間でのサプライチェーン強化も確認した。今後は、「日米経済政策協議委員会」(経済版2プラス2)を活用し、日本が議長国を務めるG7での経済安全保障を巡る議論を主導する構えだ。
第五は、米国の核の拡大抑止の問題だ。今回は、日米間で中国の核戦力増強に関する継続的な懸念を共有したとされている。わが国は、新しい安保戦略において非核三原則を堅持するとし、防衛戦略では米国の拡大抑止が信頼でき、強靱であり続けることを確保するために日米間の協議を一層深化させるとしている。すでに述べたように、中・短距離核ミサイルは一方的に中国が優位であるために、日米間の情報共有や共同作戦計画策定により抑止効果の実効性向上が課題となろう。その際、米国の拡大抑止の信頼性を高めるために非核三原則のうち、「持ち込ませず」で対応できるのか真剣な議論が望まれる。
中国の抑止には、これからの数年が正念場となるが、防衛力の整備には年単位の時間を要するので、予算と政策の実行は待ったなしだ。抑止が戦争よりも安くつくことは間違いない。ウクライナ侵攻前、ゼレンスキー大統領が「すべての問題は外交で解決する」と公言していたが、同盟もなく十分な軍事力も持たない同国がロシアに対して交渉力がないのは当然のことだった。すでに日本はウクライナの轍を踏まないよう舵を切った。国民の理解を得ながら迅速、果敢に実行して国家と地域の安定を確保しなければならない。
※本稿は、政策研究フォーラム『改革者』(2023年3月号)に掲載された拙稿を許可を得て転載したものです。