ロシア連邦の主な収入源はエネルギーの輸出だ。ウクライナ侵攻でロシア産石油の上限価格以上での販売が禁止されたため、クレムリンは石油の輸出を維持する方策として、制裁を回避できる「影の船隊」を運航するようになった。この老朽化したタンカーからなる船隊は無名あるいは怪しげな保険会社に加入し、複雑な瀬取り(STS: Ship-to-Ship)輸送網を用いて日量数百万バレルを輸送できるとされている。

 瀬取りの場所はラコニア湾(ギリシャ)、ハード碓(マルタ島近傍)、セウタ(スペイン)沖、ルーマニア沖などで、欧米の保険に加入しているタンカーが「影の船隊」からロシア産原油および石油製品を移載する。対ロシア制裁の一方で世界のエネルギー価格が急騰するのを防ぐため、ロシア産原油が上限価格(原油60ドル/バレル、ディスカウント石油製品45ドル/バレル、プレミアム石油製品100ドル/バレル)を下回っていれば欧米の保険に加入したタンカーはその貨油を出荷することは認められている。しかし、ウラル原油(ロシアの代表的油種)は2023年7月以降、上限価格を大幅に上回って取引されており、ESPOブレンド(ESPOパイプラインで輸出されるシベリア産原油)も上限価格を下回ることはなかったため、制裁遵守状況の監視の必要性が高まっている。

 「影の船隊」はAISの発信停止や他船へのなりすましを行っているほか、積み出しハブや貯蔵タンクでのロシア産と他国産の石油を混合し「ロシア産」でなくするなどの「手法」を駆使して巧みに制裁をかいくぐっている。また、整備不十分な老朽化したタンカーは火災、爆発事故の予備軍でもあり、「影の船隊」の活動状況の把握は重要だ。

参考資料:”Red Flags: Russian Oil Tradecraft in the Mediterranean Sea,” USNI Proceedings(June 2024)