トランプ次期大統領がグリーンランドの「取得」に関心を示して以来、北極海をめぐる戦略環境に関心が集まっている。北大西洋から北極海にかけての海上作戦といえば、グリーンランド、アイスランド、イギリスを結ぶ「GIUKギャップ」という言葉を思い出すが、現在はグリーンランド、スヴァールバル諸島、ノース岬(ノルウェー北端)を結ぶライン、「ハイノース」こそが重要となっている。
GIUKギャップは、第二次世界大戦から冷戦中期までは確かに重要だったが、1970年代後半から80年代にかけてはその地理的な重要性は低くなっていた。ソ連海軍の初期の弾道ミサイル潜水艦(SSBN)は、パトロール海域に展開するのにGIUKギャップを経てアメリカ沿岸近くを南下し中部大西洋まで航行しなければならなかったが、改良型のデルタ級とタイフーン級SSBNが出現するとソビエトの安全な沿岸海域からミサイルを発射できるようになったためギャップを通過する必要はなくなったからだ。
70年代後半の米海軍の分析では、ソビエトの攻撃型原潜(SSN)は大戦中のドイツのUボートのような通商破壊戦ではなく、自国のSSBNの防護、米海軍の空母戦闘群の攻撃、そして可能であれば米SSBNの攻撃を任務としていて、大西洋に展開してのシーレーン攻撃はせいぜい4番目の優先度と考えられていた。
一方のNATOでは、創設されたばかりの1950年代初頭に始まった一連の演習では、ソビエト本土に対する海軍による攻撃と大西洋のシーレーン防衛の両方が行われていたが、カーター政権時代(1977-81年)にはシーレーン防衛主体となっていた。
冷戦後期のレーガン政権(1981-89年)になると攻撃的な戦略が採用され、大西洋と「ハイノース」の両方で一連の攻撃的な海軍演習が行われるようになった。対ソ抑止が失敗した場合、ソビエトの沿岸海域と本土で戦うことが計画されており、これは大西洋、太平洋、北極海、地中海、バルト海、黒海に展開したソ連海軍に米国と連合国が連携して対処する世界規模の作戦だった。
ノルウェーを防衛しつつ、米海軍のSSNはソ連のSSNとSSBNを追跡して沈め、空母戦闘群はコラ半島のソビエト基地(およびソ連周辺の要地)を攻撃して、ドイツ中央部でのソ連軍の陸上侵攻を成功させる兵力の連携がなされないようにすることになっていたのだ。
SOSUS(水中音響監視システム)によって監視され、アイスランドの基地の航空機によってパトロールされたGIUKギャップは象徴的な「障壁」ではあったが、はるか北方で戦われる海上作戦にとっては南側の道標に過ぎず、ハイノースこそが戦略的海域になっていたのだ。
折しもロシア海軍は、Yasen級原潜の5番艦、能力向上型Yasen-M級としては4番艦となる「アルハンゲリスク(Arkhangelsk)」が昨年12月27日、白海のセヴマシュ(Sevmash)造船所で引き渡されたと発表した。排水量13,800トンのYasen-M級は、攻撃兵器として射程1,000マイルの3M-54カリビルNK(Kalibir NK)地上攻撃巡航ミサイル、P-800オニックス(Oniks)対艦ミサイル、3M-22ジルコン(Zircon)極超音速対艦巡航ミサイルを装備している。本級のカリビルNKは、北海にいながらヨーロッパ諸国の首都の75%を射程に収めることができるのだ。
Yasen級については1番艦「セベロドヴィスク(Severodvisk)」の完工に20年以上を要したが、2021年に引き渡された「カザン(Kazan)」以降は建造期間の短縮が図られている。ロシアは本級原潜を12隻建造する計画で、その半数は北方艦隊に所属すると見られている。
ウクライナ戦争の帰趨は未だに不透明だが、ロシア海軍は小規模ながらも長距離巡航ミサイルで潜在的な脅威を及ぼす存在だ。こうしたロシアの潜在的な侵略を防ぐためにNATO海軍は抑止態勢をとることになるが、行動の場は「ハイノース」になるだろう。トランプ次期大統領のグリーンランド「取得」が単なる不動産取引にならないことだけは確かなようだ。
参考資料:Sam LaGrone, “Russia Commissions Fifth Yasen Nuclear Attack Sub,” (January 2, 2025, USNI News), Steve Wills, “Mind the (High North) Gap,” (Jul 18, 2018 CIMSEC), “Enhancing deterrence and defence on NATO’s northern flank,” (Mar 25, 2020, RAND Europe)