12月22日、トランプ次期大統領は駐デンマーク大使の人事を発表した際、「国家安全保障と世界の自由のため、米国はグリーンランドの所有権と管理権が絶対に必要だ」と述べたが、翌日、グリーンランド自治政府のエーエデ首相はSNSで「グリーンランドは売り物ではない」と突っぱねた。トランプ氏は第1次政権時の2019年にも「戦略的に興味深い」と購入に意欲を見せ、デンマークの首相から「売り物ではない」と反発され、翌月のデンマーク訪問を取り止めた経緯がある。

 近年は別として外国の領土の購入には歴史的な先例がある。米国は、フランスからルイジアナ(1803年)、ロシアからアラスカ(1867年)、そしてカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州の一部をメキシコから購入した(1848年)。米国が最後に領土を購入したのは、第一次大戦中のデンマークからのカリブ海の島々の購入であり(1917年)、現在の米領バージン諸島である。米国以外にもオーストラリアは、英国からオーストラリア南極地域(1933年)、シンガポールからクリスマス島などの領土を取得した例がある(1958年)。

 日本からは遠い存在のグリーンランドだが、米国からみると地理的にはヨーロッパよりも北米に近く、最も近い隣国は狭いナレス海峡を挟んだカナダであり、グリーンランドの首都ヌークはデンマークの首都コペンハーゲンよりも米国のボストンに近いため身近に感じるのも事実だろう。

 グリーンランドは18世紀にデンマークの植民地となっていたが、第二次世界大戦中、デンマーク本土がドイツの占領下におかれたため、連合国軍にとって戦略的な位置にあるグリーンランドは米国の保護下に置かれた。戦後、支配権がデンマークに戻った一方で、大戦中の重要な軍事資産は冷戦中も作戦を続け、米国は最北端かつ北極圏内にある唯一の海外基地としてピツフィク宇宙軍基地(旧チューレ空軍基地)を運用し弾道ミサイル警戒任務などに就いている。

 グリーンランドの潜在的な天然資源に加えて、地政学的な戦略的重要性は今後さらに高まることが考えられる。2019年当時から、北極海の海洋資源の豊富さと融氷にともなう商業および軍事輸送ルートの可能性は広く認識されていた。ロシアとの対抗上、グリーンランドの持つ大陸棚の広さとその延長の可能性は大きな価値を持つはずだ。

 何より重要となるのは、トランプ次期政権で厳しさを加えることが見込まれる米中覇権争いの文脈における北極圏での中国の狙いを阻止する上で有用な場所に位置していることだ。中国は2018年に、自国が「北極圏に近い国」であり、国際法によりこの地域へのアクセス権、特に北極海の航行権を取得する権利があると主張した。その後、中国企業がグリーンランドの民間所有となっている旧軍事基地を購入しようとすると、デンマーク政府が急遽基地を買い戻すという事案があった。中国はさらに一帯一路構想の一環としてアイスランドの2つの港湾とノルウェーのキルケネス港の取得に関心を示し北極圏全体に影響力を行使する可能性を示していた。

 グリーンランドは1953年にデンマーク王国の一部となり、その結果として議会に代表権を獲得、1979年には自治政府が置かれた。2009年にはグリーンランドが最終的な独立につながる可能性のある自治権の拡大が行われた。今後、グリーンランドがデンマークに留まるか、独立を目指すかは予断を許さないが、独立の場合、米国と「自由連合盟約(COFA)」を締結して、独立を維持したまま米国との間で高いレベルの経済的統合を実現するという可能性も考えられる。

 トランプ氏の「アメリカにとって良いことは世界にとっても良い」といった「放言」の文脈でグリーンランドの購入問題を捉えると「またか」と思いがちだが、グリーンランドの戦略的重要性は地球温暖化で激変しつつある北極圏全体の戦略や宇宙領域での覇権争いの点からは極めて大きいものがある。この問題はデンマークと米国間の問題だけではなくNATO全体の問題とも捉えることも可能だ。トランプ次期政権におけるグリーンランド(そしてパナマ運河)をめぐる議論から目が離せない。

参考資料: Donald R. Rothwell, “Op-Ed: For U.S., Buying Greenland Might Make Strategic Sense,” (Aug 21, 2019 The Lowy Interpreter), Mia Bennett, “Greenland Isn’t For Sale, But It Is For Lease,” (Sep 11, 2019 Cryopolitics), Charles Digges, ”Russian-China Relations are Warming the Arctic,” (May 26, 2019 Bellona)