艦艇に付ける名前は、その国の歴史や伝統、文化などを色濃く反映したものである。その命名規則も厳密に定まっている海軍もあれば、規則はないが体系的にきちんと秩序が守られている海軍、あるいは原則はあるものの例外や逸脱が多い海軍など、艦艇名は国ごとにさまざまな様相を呈している。

 「海上自衛隊の使用する船舶の区分等及び名称等を付与する標準を定める訓令」には艦艇の名称を付与する標準が記載され、命名はそれに従い厳格に守られている。護衛艦(駆逐艦)は天象・気象や山岳、河川、それに地方の名と決められている。地方の名は長い間使われてこなかったが、平成16年度護衛艦「ひゅうが」から復活した。これによって帝国海軍の戦艦の名が復活したことになる。潜水艦は海象か水中動物の名前と決められていたが、平成16年度艦「そうりゅう」の就役に合わせて「瑞祥動物の名」が加えられた。それ以外の艦艇については、ミサイル艇を除き、すべて地名や海洋名あるいはそれらにちなむ名称とするように定められている。

 砕氷艦「しらせ」は南極探検家の白瀬轟(のぶ)陸軍中尉の人名ではないかと考える向きもあるが、南極の白瀬氷河の地名に基づくという解釈で事なきを得た。日本特有の雨や雪、風や波などのさまざまな自然現象を読み込んで艦名にするという伝統は日本海軍から受け継いだ独自のものである。作家の阿川弘之氏が例えた「源氏物語に出てくるような優雅な美しい艦名」が日本の特徴を絶妙に言い表していると言える。

 中国の艦名は1978年に中央軍事委員会が「海軍艦艇命名条例」を定め、原子力潜水艦や巡洋艦以上の大型艦については総参謀部が、通常型潜水艦や駆逐艦以下の艦艇については海軍が、それぞれ命名権を有する。具体的な付与基準は、巡洋艦以上については行政省名(例えば「遼寧」)、駆逐艦やフリゲート以上は大中型都市名、揚陸艦艇は山岳名、補給艦は湖名、掃海艇は州名、その他の補助艦艇は所在海域や自然の名称に通し番号、などと定められている。潜水艦は個艦名が付与されず、原潜は全て「長征」に通し番号を、通常潜は「遠征」又は「長城」に通し番号を付加することになっている。意外なことに、中国も日本と同様に山河などの地名を多く用い、人名はほとんど付与しない。例外として「鄭和(ていわ)」など3隻の練習艦があるのみである。

 韓国海軍に艦名付与基準があるかどうかは定かでないが、艦名の付与は極めて秩序立っている。主力艦である潜水艦及び駆逐艦、ミサイル艇には全てに人名(付与率は全隻数の40%近い)、それ以外の艦艇には行政区名や都市名で統一している。人名には李氏朝鮮の王「世宗大王」や将軍「李舜臣」などは当然としても、北朝鮮との海戦で殉職した一般水兵の名前までが小型艇に多用されている。驚くべきは、潜水艦に「安重根」(ハルビンで伊藤博文を暗殺)や「尹奉吉」(上海で白川陸軍大将、重光葵などを殺傷)などの反日活動家とされる人物の名前が堂々と付与されていることだ。同じアジア大陸にありながら中国と大きく異なる艦名付与の感覚は、韓国が置かれた独特の地理や歴史、国民感情によるものであろうか。

 米海軍の艦名は伝統的に海軍長官が選考し、一定の慣例に従い付与されてきた。艦種ごとに付与する艦名の基準は、歴史とともに変化してきた。例えば攻撃型潜水艦は、かつては魚類の名前が付けられ、その後都市名(ロサンゼンルス級)、そして最近では州名(ヴァージニア級)が付けられている。別の観点でみれば、州名はもともと戦艦(アイオワ級など) に付けられていたが、その後巡洋艦や戦略原潜(オハイオ級)に付けられ、冷戦後の今では攻撃型原潜に付与されている。一方、大統領の名前に関しても、以前は戦略原潜に付けられていたが、現在は航空母艦に付けられている。

 生存中の人物の名前を付けるという慣習も米海軍独自のものである。この慣習は独立戦争まで遡ることができる。当時、米国の歴史や伝統はまだ浅く、若き大陸海軍は米国の自由を勝ち取るために戦っていた人々に深い敬意を払った。その結果、ジョージ・ワシントンは死ぬまでに彼の名前を付けられた艦が5隻はあった。しかし1812年以降、生存者の名前を艦名にする慣習は廃れた。1970年代に入ってニミッツ級空母3番艦に米海軍の大拡張計画を立案した下院議員カール・ヴィンソンの名がついて、生存中の人物を艦名に付けるという慣習が甦った。

 英国の艦名の付け方の特徴は二つある。一つは英海軍の伝統であるが、アルファベットの頭文字で艦名が統一されている艦種が多いことだ。たとえば、戦略原潜はヴァンガード級の頭文字Vで始まる4隻、駆逐艦ではデアリング級のDで始まる6隻が現役配備されている。なお、頭文字こそ揃えていないがタイプ23型フリゲートは16隻が建造され、すべて公爵の名前を艦名に統一していることからデューク級とも呼ばれている。二つ目の特徴は形容詞の艦名が多用されていることである。いずれも勇猛果敢なものばかりで、戦略原潜の「ヴィクトリアス(勝利の)」「ヴィジラント(油断のない)」などである。

 フランス海軍も特徴のある艦名の付け方をしている。英国と似てSSBNの4隻には形容詞の艦名を付けているが、SSNにはファッションのお国柄にふさわしく、「ルビー」「サファイア」などの宝石名が並ぶ。また、掃海艇17隻はすべて星座や星の名前で統一して、「アンタレス」「カシオペア」などの幻想的で優雅な名前を付けている。

 イタリア海軍は基本的に政治家や海軍関係の人名を付けており、意外と面白みは無い。しかし、フリゲートには地中海の国家らしい趣向を凝らしたシリーズ艦がある。マエストラーレ級は様々な地方風の種類を艦名に付けたもので、「シロッコ(サハラ砂漠から地中海を渡って吹く南東風)」「リベッチオ(ティレニア海から吹く南西風)」などの風雅な艦名が付与されている。まさにボッティチェッリの名画を連想させるような艦名ではないか。

 ロシア海軍は、革命前は歴代の皇帝名や聖者、神話、民族、形容詞など多彩な艦名がそろっていたが、ソビエト連邦になって皇帝名は姿を消し、共産主義にちなんだスローガンや政治家の名前一色となった。しかし、1991年のソ連崩壊によって艦名は再び昔の姿を取り戻すことになる。主力艦には提督名や都市名、駆逐艦やフリゲートには形容詞も復活している。戦略原潜は大公名や都市名、攻撃原潜には動物名も多い。コルベットでは自然現象を着けた面白い名前も確認された。

※本稿は、岩崎洋一「渉猟 世界の海軍-14― 各国海軍の艦艇名」『水交』(平成31年新春号)の一部を許可を得て転載したものです。