イギリス海軍は、世界の海軍の母と呼ばれることがあるが、軍艦における酒の取扱に関しては世界の海軍は二つに分類される。一つはイギリス海軍の伝統を引き継いだ酒の飲める海軍で別名Wet Navy、もうひとつは飲めない海軍でDry Navy、米海軍が代表格となる。ちなみに日本は戦前はイギリスのおかげで飲めたのだが、戦後、海上自衛隊としての出発は米海軍がお手本だったこともあり(それだけの理由ではないが)飲めない海軍ということになっている。
そもそもイギリス海軍で酒が飲めるようになった経緯は、堀元美によるとこうだ。
グロッグとは、グログラム織りという絹の混紡のややゴツゴツした織物で作られた外套のことをいう。そしてその外套を常に愛用していたイギリスの海将ヴァーノンはしばしば「オールド・グロッグ」というニックネームで呼ばれていた。この人が1740年に西インド方面に遠征中、その艦隊で熱病の予防のために水兵達に水割りのラム酒を呑ませることに決めたのである。
ラム酒というのは、西インドの、ことにジャマイカのキングストンが最高といわれる特産品で、蔗糖蜜を醗酵させて造る醸造酒である。この制度は旗艦「バーフォード(Burford)」の乗員達に大いに歓迎され、たちまち「グロッグ」という言葉が流行するようになった。その風習はイギリスだけでなく、アメリカ海軍にも受け継がれたが、こちらではコーヒーと砂糖でもよいということになり、その後、1914年になって、艦内や部隊内での酒類の飲用は禁止されてしまった。
ついでにもう少し説明すると、イギリス海軍では、半パイント(約1リットル)のラムを1/4パイントの水で薄めたものを毎日二回支給した。これはなかなか強い酒で、空の胃袋に呑み込むと「グロッキー」(groggy)になる。これが日本語でいうグロッキーの語源である。イギリス軍艦ではそのとき以来今日でもグロッグの支給が行なわれている。今でもイギリス軍艦の兵員食堂の真ん中に立派な酒樽(Grog Tub)を見ることがある。
※本稿は、堀元美著『帆船時代のアメリカ 上』(1982年、原書房)の一部を許可を得て転載したものです。