▼組織の「象徴」たれ

 前回は、リーダーに求められる資質として「知識」「見識」「胆識」「節操」の四つと、個性を論じるときに重要なものとして「理」と「情」をあげました。

 今回はリーダーの役割です。リーダーには様々な役割がありますが、海軍の先輩は「象徴」「決裁者」「先輩・教育者」という三つの役割を、場面や相手に応じて正しく使い分けなければならないと教えています。

 私は、海軍で見られたリーダーシップの欠点を補うため、これらに加えて「改革者」と「執行者」ということも考えるべきだと思います。リーダーというものは、外に対しては組織を代表し、内に対しては組織の核となり、気風、習慣、道徳、価値観の規準として士気の根源になるものです。

 象徴としてのリーダーの風貌、挙措、言葉などは、そのまま組織の印象や評価を大きく左右するので、ゆるがせにできないものです。

 「顔は心の窓」というように、リーダーの表情一つで組織は明るくも暗くもなります。また、危急に際しては、部下はまず指揮官の顔を見ます。艦橋における艦長の慌てた表情は、たちまち艦内に伝染し、一艦をパニックに陥れることにもなりかねません。「リーダーは努めて楽観的であれ」とはこのことです。

 山本五十六は、服装、態度の端正さ、とくにその答礼の厳正で有名でした。また、前線では出撃する艦船、航空機を白服の襟を正し、必ず帽子を振って見送りました。海軍病院の見舞いを欠かさないのも彼でした。こうした山本のことを、兵士までが「ウチの長官」と呼び、「ウチの長官がおられるかぎり、いくさは大丈夫だ。必ず勝つ」と信じて疑わなかったと言います。

▼決断と実行の「決裁者」

 「決裁者」の役割は最も重要なものです。不確実で限られた情報をもとに短時間で決断を下す、組織の内外から異論、反論が出ても、それらを説得し組織の結束を保って実行するのは困難なことです。なんとか実行できても、状況によっては中止したり、方針を変更しなければならない場合もあるでしょう。まさに決裁者は「見識」や「胆識」を試されると言えます。

▼変化を恐れぬ「改革者」

 「決裁者」が現状から得られた選択肢から決断するのに対して「改革者」は現状を否定して新しいやり方を考えるという点で異なります。改革とは、組織の存亡を左右しかねない極めて重要なものです。過去の成功体験や判断を疑い、場合によっては否定して新たなやり方を探るのですから反対も多いものです。この困難を可能にするのはトップリーダーの優れた資質に加え、問題意識を持ち批判的思考を受け入れる組織の風土があるかどうかにもかかっています。

 日本海軍はパールハーバー攻撃を成功させ、航空機の時代が到来したのを証明しましたが、実際に戦艦から航空機に移行したのは米海軍であり、日本海軍はその改革に長い時間を要し、結局は破れてしまったのは象徴的でした。

▼組織を動かし目標を達成する「執行者」

 これは、決断し、命令を与え、勇気をもって実行するというリーダーの役割です。第2回で触れたように日本海軍の意思決定プロセスには欠陥がありました。また、リーダーの「象徴」としての役割を果たすにあたり、スタッフのお膳立てに従って、堂々としてさえいればよいと考えた人々も少なくなかったのです。

 高木惣吉は、「彼等は思索せず、読書せず、上級者となるに従って反駁する人もなく、批判を受ける機会もなく、式場の御神体となり、権威の偶像となって温室の裡に保護された。」と強い言葉で批判し、「主将のロボット化」が海軍で深刻であったとしています。リーダーたる者、意思決定プロセスの中心にならなければなりません。

▼リーダーの育て方

 第五の役割は、「先輩・教育者」です。育てるリーダーに部下はついてくるということで、これはあまり説明を要しないでしょう。山本五十六など海軍での逸話がいくつも伝わっています。

 最後にリーダーの育て方として先輩から繰り返し教えられたことを三つ紹介します。

まず、減点主義でなく加点主義でということです。減点主義だと、先輩は目につく欠点を指摘すればよいし、後輩は「可もなく不可もなく」でやる限りは安泰ということになります。それに対して加点主義は、先輩は後輩の良いところを評価して伸ばすように導くことになり、後輩も自然とチャレンジ精神で伸びてくるということです。  二つ目は、気概をもたせよ、三つ目は、簡単に助太刀するなということです。三つを合わせると海軍式の厳しいが愛情のある部下育成法がうかがえると思います。

※本稿は拙著『海軍式戦う司令部の作り方』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2020年3月~4月)に「海軍式戦う司令部の作り方」として連載したものを加筆修正したものです。