韓国の文大統領は南北首脳会談の開催について「大きな期待が寄せられているが性急な感がある」と述べ、慎重な姿勢を見せたと報じられています。これは大きな変化だと思います。米朝対話のほうは、ペンス米副大統領が先週発言したように、「対話(talking)は交渉(negotiation)とは違う。対話はお互いを理解することだ」として、北朝鮮の非核化が前提となり、制裁の緩和が話し合われる可能性のある「交渉」とは異なり「対話」は意思疎通のために必要だとの考えです。

 20日に予定されていた米朝会談が北朝鮮側からキャンセルされたことが報道されましたが、これは単に北朝鮮が期待するものが米国から得られないどころか、更に圧力を受けかねないことからだと思われます。これから制裁が強化され緊張が更に高まる可能性を考えると「対話」窓口を確保することは大事なことだと思います。

 韓国の宋国防部長官は、延期した韓米合同軍事演習について、「パラリンピックが終了する3月18日から4月より前に韓米両国の長官が正確に発表する」と述べました。米韓両国は、同演習について、発表までは肯定も否定もしないそうです。

 このような動きに対して北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は平昌冬季五輪が閉幕するなり南北関係の雪解けも終わらせようというのが米国の目的とし、「(米国は)冬季五輪が終わり次第、キー・リゾルブ、フォールイーグルの合同軍事演習を再開するとわめきたてている」と米国を非難しています。

 北朝鮮が「微笑外交」に転換し、南北の「雪解け」を演出し、南北首脳会談まで提案したのは、現在の経済制裁が効果を挙げ、独裁体制の維持を脅かし始めている証左だと思います。「鼻血作戦」も存在しないとの報道もありますが、名称はともかく、何らの軍事作戦計画も存在しないことなどおよそ想像できないことです。北朝鮮は米韓合同軍事演習を恐れ、瀬取りしているタンカーの写真を撮られ、経済制裁が一段と強化されるのを恐れています。

 韓国社会世論研究所が14日発表した調査結果によると、南北首脳会談開催に対し、賛成が77%、反対は21%だったそうです。開催の条件については「北の核凍結・核廃棄が前提」が51%で、「無条件」も46%に上りました。今後の南北関係は「現在と同じ緊張関係が続く」が44%、「今よりは良くなる」が43%と拮抗しており、「五輪平和攻勢」の影響が感じられます。

 韓国は、米国との通商問題など難しい案件を抱えていますが、核・ミサイルの放棄というエンドステートを堅持して、25日の冬季五輪の閉会式に参加するイバンカ補佐官と韓米同盟の強固さをしっかりとアピールしてほしいものだと思います。(2018年2月26日記)

 さて、前回は「バトルリズム」について、その構築と維持のしかたを説明しました。今回は、指揮官を中心にした意思決定サイクルを見てゆきます。

▼指揮官の意思決定サイクル

 作戦司令部における指揮官の意思決定サイクルは、次の4段階が基本となっています。

1) 「監 視」

   連続的に作戦状況を監視し、部隊の保全を図りつつ好機を探ります。

2) 「評 価」

   定期的に作戦評価クライテリア等により作戦状況を評価します。

3) 「作戦設計と計画」

   評価を踏まえCOA、計画、作戦アプローチを修正し、命令を起案します。

4) 「指 揮」

   指揮会議等で承認された指示、命令を指揮下部隊に与えます。

▼第1段階:監 視

 「児玉さん、今日もどこかで戦(ユッサ)がごわすか。」日露戦争たけなわのときの総司令官大山巌元帥の有名なせりふです。指揮を総参謀長の児玉源太郎大将にゆだねきった大山の茫洋(ぼうよう)とした大人物ぶりを示すものとされており、司馬遼太郎『坂の上の雲』もそう解釈しています。しかし、上原勇作元帥の解説は違います。じつは大山元帥は祭り上げられており、兵の生死が心配なのに総司令部の参謀たちは忙しがって戦況報告に来なかったのです。冒頭のせりふは「児玉さん、戦況は報告しなけりゃなりませんよ」と不満の意思を婉曲に表現したものでした。この話は、藤崎一郎元駐米大使の新聞コラムに取り上げられていたものですが、組織人にはピンとくる説明です。

 このような「問題」は、世界中の作戦司令部で起こり得る話です。まさに、「指揮官にはピンとくる話」です。指揮官に対する報告を過不足なく行ない、意思決定サイクルを円滑に運用するため、統合作戦センターでは、敵、友軍、関連する部隊等の状況と作戦環境を一元的にモニターして、主として現行作戦の水平線内の状況把握を行ないます。この際、指揮官の意思決定サイクルを支援するため、CCIRの各項目については優先的に把握する態勢をとらせます。

 作戦センターの幕僚が常に葛藤するのが、CCIR以外に何を指揮官に報告すべきかということです。このため多くの司令部で、縦割りの弊害と報告漏れを防止するために「報告クライテリア」と「報告経路」を明確に定めて活用しています。

▼事態を予測して好機をつかむ

 ところで、「監督」だからといって、腕組みをしてディスプレイを眺めていていいわけではありません。それでは作戦上の好機を逃し、早晩、部隊は主動の地位を失ってしまうでしょう。監督の段階においては、事態予測と警戒ということが重要になります。

 ある囲碁の名人は「勝利」について次のように語ったそうです。「勝機はちらっと見える。その勝機はちらっと見なければならない。これを大きく見たり、見逃したりすると勝利は来ない。勝機を掴んだら益々緊張して真剣に奮戦する必要がある。」この言葉の中に事態予測の重要性とその難しさが示されていると思います。

 名人の語った「ちらっと見える」とはどういうことでしょうか。指揮官が敵の動きを評価し好機と判断するには、作戦全体を大きく俯瞰しつつも、あらかじめ着眼点を絞っておくことにより、多くの情報の中に埋もれかけた些細な兆候を「瞥見」ともいえるような素早さでつかむことではないかと思います。その着眼点が、周到に指揮官の重要情報要求(CCIR)に含まれていればベストであるといえるでしょう。

 また、そのようにして好機を掴んで敵への攻撃の準備にとりかかったとしても、敵は遠からずその動きを察知して、もはや当初の計画では有効な攻撃ができないような態勢をとってしまい、結果として初めの好機は去ってしまうことがあり得ます。このような敵と味方の相互作用を「警報のパラドックス」といいますが、好機と見た時ほど「凝視」ではなく「ちら見」で、敵に察知されないよう注意深く行動すべきとの教えではないかと思います。

▼警戒とは

 もうひとつは、「警戒」についてです。これも事態予測と密接に関係するものですが、予測に基づいて情報を収集し敵情を把握しない限り部隊の安全確保のための警戒は期し難いといえます。孫子の「敵を知り己れを知らば百戦あやふからず」とは兵術上の真理ではないでしょうか。

 警戒とは、敵の奇襲を防ぎ、友軍の攻撃力発揮の時機までその戦力を温存し、また友軍の企図を秘匿して敵との問合いを詰めることだと思います。この警戒にどの位の兵力、資源を割くべきかは作戦の状況に応じて決定されるもので、一概に言えるものではありません。しかし、警戒兵力に過大の兵力を充当することは兵力の経済的使用の原則からいっても避けるべきである一方、警戒兵力の出し渋りが失敗の原因となることも多くの戦史の示すところです。

 従ってその匙加減は指揮官の健全な判断力にかかっているというほかありません。また、警戒を強調しすぎると、せっかく掴みかけた勝機を逃しかねません。この慎重さと果断さの兼ね合いこそ指揮官の作戦術の真骨頂ということができると思いますし、ウォーゲーム等で事前にこのような場面を検討できているかが問われるところです。

▼第2段階:評 価

 評価は、「任務評価」として「与えられた任務に照らして部隊は正しく行動しているかどうか」、「作戦環境評価」として「作戦環境に照らし正しい行動をとろうとしているかどうか」、さらに、「戦役評価」として「使命を達成しつつあるかどうか」の三つの側面から行われます。

 指揮官は、これらの評価、他の指揮官等からの意見、更には現地視察や自分自身の評価を踏まえて、計画の修正等の指示を出すことになります。評価の焦点は司令部の階層に応じても異なり、基本的に現場部隊は任務評価、統合部隊司令部は作戦環境評価、そして地域統合軍司令部は戦役評価に重点が置かれることになります。

 戦術、作戦レベルの司令部は、任務評価として、友軍のMOE(Measure of Effectiveness)やMOP(Measure of Performance)による評価を継続するほか、現行作戦の枠の中で「Hot wash up」(分野ごとの強点、弱点、教訓等に絞って当面の評価をごく簡単に行なうもの)等の評価を実施します。統合部隊司令部などの作戦レベルの司令部では、定期的に作戦環境評価を実施し、将来作戦と将来計画への反映を重視しています。

 一方、戦域、戦略レベルの司令部では、RI(Reframing Indicator)による評価を継続的に行うほか、戦役評価として四半期または半年ごとに正式な評価、報告を行ない、国家戦略との整合性をとることを重視しています。これらの評価には、軍以外の外交、経済、治安関係者等からの視点を加えて評価の精度を高めるとともに、これにより結果として活動内容の適合性が向上する点で重要といえます。

▼第3段階:作戦設計と計画

 任務評価、作戦環境評価、戦役評価の結果を踏まえて、COAの変更、必要な計画や作戦アプローチの修正、新たな計画の立案を行ないます。この段階では、作戦設計と計画作業が同時に進行します。

 通常、作戦設計ではブレーンストーミング的な拡散的、独創的な思考が重視されます。これに対し、計画作業は焦点を絞った分析的思考を主軸とするJOPPの手法で計画の修正や立案作業を行うものであり、これらに加えて進言するCOAを選択し命令を起案して指揮会議に諮る等の活動を行ないます。

 まず、計画作業が開始されると、作戦環境を把握し、問題を定義し、作戦アプローチの作成と進みますので、この初期の段階では作戦設計が中心になります。作戦アプローチが出来上がると、指揮官の計画指針が示されますので、JOPPに沿った計画作業が本格化します。これにより徐々に作戦設計から計画作業へ比重が移ってゆくことになります。作戦アプローチ完成後も作戦環境の評価が続いていますので、その結果等を受けて構想の見直しが続けられます。

 作戦が開始されると、三つの作戦水平線ごとに作戦評価がなされ、作戦遂行のために必要な計画作業を続けつつ、必要に応じて作戦アプローチを修正することになります。その場合、一時的に作戦設計作業の比重が高まることになります。

▼第4段階:指 揮

 意思決定サイクルの最終段階として、指揮官の経験や直感を生かした作戦術を最大限に発揮して、意思決定の結果を実際の作戦として具現化して戦勝を目指すための指揮統制を行ないます。

 指揮統制は、下位指揮官に権限を委譲した上で、交戦規定と上級指揮官としての意図を定期的に示すことによる「分散型作戦遂行方式」を基本にして、戦術レベル指揮官が統合部隊全体との同期を保ちつつ自ら情勢の変化に柔軟に対応できるような態勢とします。

 この方式は、脅威の複合化や統合作戦の複雑化・高度化を反映して適切な指揮統制を迅速に行なうとともに、国際法規等を順守して作戦の正当性を確保し、何よりも国家指揮権者(NCA)の意図に沿った一貫性のある作戦を行なうために必要なものといえます。また、サイバー戦の領域では、既存のC2システムは使用できない可能性も十分に考慮しておく必要があります。

 作戦レベルの指揮官としては、発令された命令が意図どおりに実施されるように監督して指揮下の部隊を決勝点へ導くこと、分岐策、事後策に関する決心を誤らないこと、好機を見逃さないこと等に特に留意します。

▼指揮官の存在意義

 意思決定サイクルの締めくくりに指揮官の存在意義について考えてみたいと思います。

 日本海軍が大敗を喫したミッドウェー海戦時の指揮官である南雲長官に対する幕僚評は、次のようなものであったそうです。

 「長官は幕僚の進言を非常によく容れる人であった。いつでも自分の起案した命令案がすらすら通ってしまい空恐ろしいくらいだ。自分の判断一つで国運が左右されるかも知れないと思うと重大な責任感に圧迫され自然と委縮してくる。他の長官のように必ずチェックしてあらゆる角度から叩き直して突っ返してくれると、こちらも安心して自由奔放な作戦構想も練れるというものだが…。」

 指揮官として、有能な幕僚や部下指揮官の全能力を発揮させるため、任せるべきことは信頼して委ねることは言うまでもないことです。しかし、それが放任や全面的依存になってはだめだと思います。作戦設計の考え方やJOPP、意思決定サイクル等を上手に活用して自らの構想や方針は明確に主導性を堅持し、それから逸脱するものは厳格に規正し、その枠内で幕僚長を上手に活用して部下に手腕を振るわすべきでしょう。

 また、重大な戦機に際しては、機を失せず活眼をもって即座に指揮官としての主導性を発揮すべきです。そうでなければかえって部下を委縮させることになりかねないのではないかと思います。意思決定サイクルは部下が回してくれるものではなく、指揮官自身がリーダーシップをとり、幕僚長とも連携して空回りにならないよう、司令部の能力を見つつ回すべきものだと考えます。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。