▼米韓海上共同演習終わり

 米韓海上共同演習が無事終了し、21日には米空母「ロナルド・レーガン」が釜山に入港しました。韓国メディアは、トランプ大統領が韓国を訪問する来月7日と8日までは朝鮮半島周辺にとどまる可能性があると伝えています。同じ21日、米戦略爆撃機B1Bも飛来し、航空ショーが開かれているソウル空港周辺を低空飛行しました。F35Aの嘉手納配備も発表されましたし、23日からは在韓米軍による非戦闘員護送訓練が開始されました。

 海上共同訓練については、北朝鮮側は「事実上、宣戦布告のない戦争を開始した」と非難、「幻想にとらわれ戦争を仕掛ければ、米本土の焦土化という最悪の災いをもたらす」と威嚇していました。中国で党大会が開会される18日前後には、北朝鮮の挑発が取り沙汰されていましたが、何事もなく党大会も閉幕しましたので中国も(1996年の台湾海峡危機を思い出して)米空母部隊の抑止力を改めて実感した可能性があります。ただ、北朝鮮の挑発がなかったことが抑止の効果だったかどうかは、北朝鮮指導者等の口から語られる等しないと検証は難しいと言わざるを得ません。

 一方で「モスクワ不拡散会議」に出席した北朝鮮外務省の崔米州局長は20日、北朝鮮が開発する核兵器は「米国のみ」に向けられたもので第三国には向けられていないなどと発言し改めて米国を牽制しました。日米の当局者と言葉を交わす場面もあったようですが、北朝鮮は「米国との力の均衡を成し遂げるまで核武力強化の努力はやまない」としているようですし、本格的な外交交渉を始めるのは、「米本土を射程に入れた核弾頭付のICBMが完成した後」ということでしょう。

 こうした北朝鮮の身勝手な目論見は、「非核化なしの交渉はない」とする米国の方針と真っ向から対立しますから、北朝鮮が核実験やICBMの発射を行う兆候を見せれば、関連施設等に対する米国の軍事攻撃の可能性は依然あると考えざるを得ません。冬に向かい北朝鮮に対する経済制裁の効果が徐々に出てくる中、新たな挑発も被攻撃リスクが高く、斬首作戦の可能性等も考え合わせると北朝鮮のとり得る行動は徐々に限定されてくると思われます。

 このような状況下、11月のトランプ米大統領のアジア歴訪に向け軍事的プレゼンスを最大限に保ち抑止効果を高めることは極めて重要であり、この歴訪前後に北朝鮮が更なる挑発に踏み切れなければ、今後の事態は膠着化の方向へ向かい、米朝の対話の糸口を探る展開になる可能性が高いのではないでしょうか。当面、時間の経過は北朝鮮に不利に働くと思います。(2017年10月30日記) 

 さて前回は6フェーズモデルについて紹介しましたので、今回はその「フェーズ0~1」に相当するFDO(柔軟抑止選択肢)から始めたいと思います。

▼柔軟抑止選択肢(FDO:Flexible Deterrent Options) 

 FDOとは、敵対国の危機発生時の行動を抑止するため、外交、情報、軍事、経済等の国家的手段を用いて適切なメッセージを送り影響力を及ぼすための行動とされています。あらかじめ多くのオプションを用意しておくことにより、迅速な意思決定やエスカレーションの阻止を狙っているものです。

 そもそも抑止が機能するためには、敵対国が行動によって得られる利得が否定され、過大なコストを負わなければならないことをしっかり認識することに加えて、抑止の結果としての行動の制約や変更が敵対国にとって受容できる選択肢であることが必要です。つまり、損得勘定としては大損で、折れるのはしかたないが、何とか面目は保たれるといったような構図が必要なわけです。

 このため、FDOに当たっては次のようなポイントが満たされる必要があります。今回の米韓海上共同訓練での「ロナルド・レーガン」空母機動部隊の参加はまさにこれらを狙ったものであることは明らかでしょう。

① 米国の同盟上の義務履行や地域の平和と安定に対するコミットメントの強さを知らしめる。

② 敵対国に対して受容できないコストを強いる態勢で対峙する。

③ 敵対国の軍事的な反応を誘発することなく地域の軍事力バランスを迅速に改善する。

④ 敵対国を域内の隣接国から孤立させるとともに敵対的な連合の分断を試みる。

 また、FDOの付随的な目的としては、交戦が回避できなくなり、作戦計画を発動せざるを得なくなった場合等に備えて、米軍の部隊を事前に配置できることがあります。このため、FDOをいつどのように発動するかを決める際には、当然の措置として周到なリスク評価とそれに基づく防護措置がとられます。

▼FDOの種類

 さて、FDOは、現地の緊張度の評価に基づいて大統領または国防長官が実施を指示するものですが、軍事的FDOとしては、すでに展開した部隊の即応態勢の強化、警戒監視情報収集活動の増強、プレゼンス顕示行動(例:米韓海上共同訓練)、潜在的作戦区域(周辺)への兵力展開(例:嘉手納へのF35Aの配備)等が考えられます。

 これに加えて、経済的FDOとして、不動産、金融資産の凍結または差押え、金融取引の制限または停止、国際企業による取引制限、貿易制裁の実施等があります。

 外交的FDOとしては、国連、同盟国、友好国からの支持獲得、国連を通じた国際的連携の決意表明、対象国の外交空間の縮小、対象国外交官の活動制限等があります。これらについても既に国連安保理決議をはじめ、EU、ASEAN等で北朝鮮に対する「深刻な懸念」の表明が行われ、各国で北朝鮮外交官に対する制限が強化されています。

 その他のオプションとして、米国民の渡航制限、非戦闘員避難の開始、米大使館員の避難準備または避難が考えられますが、これらに着手したら通常は軍事行動間近というべきでしょう。極めて重大なメッセージになります。

 情報活動FDOというのもあります。これは紛争や国際問題に対する世論の喚起、敵対国の国際法規違反の公表、敵対国の意思決定権者、軍隊へ指向した情報戦の強化等であり、日々メディアで目にするところです。また、友好国および自国の通信システムや情報収集アセットの増強および防護も行われることになっていますが、現在は共同訓練等の機会を活用しつつ水面下で準備が進行中ということではないでしょうか。

▼北朝鮮情勢との比較

 以上のようなFDOのオプションをもとに、改めて国連安保理の北朝鮮への追加制裁決議(2017年9月12日)の内容を見てみると、金正恩委員長個人の資産の凍結、渡航禁止が当初案には含まれていたものの、見送りとされています。これは内部動揺を引き起こし体制崩壊に繋がりかねないと懸念されたものと思われますが、今後の制裁効果によっては再考される可能性があるでしょう。

 また、核、ミサイル開発に関係した物資の輸入阻止を狙ったとみられる公海上での貨物船に対する臨検措置や高麗航空の資産凍結については、前者は旗国(北朝鮮)の同意が必要という修正が加わり、後者については見送りとされました。今後、旗国の同意が不要という修正が加われば、海上阻止行動、臨検措置の実施が現実味を帯びてきます。その際には、今回実施されたような米韓海上共同訓練での成果が生かされることになるでしょう。

 その他、北朝鮮人労働者の国外雇用の全面禁止も、既存の労働者は事実上容認することとされ、最大の焦点であった原油の全面禁輸も上限設定とトーンダウンされています。全体として最も強い制裁を求めた米国案からは後退していますが、修正された項目が今後の更なる制裁では再度検討されるであろうことになることを考えると、むしろ採用されなかった措置が際立つことになり、9回連続全会一致で採択されたことと相まって、北朝鮮に対して強いメッセージになったと言えます。

 なお、FDOの中でも米国民の非戦闘員避難の開始は、軍事行動間近とのメッセージとして注目されるところですが、在韓米軍は非戦闘員避難訓練を年に2回実施しています。上半期に行われる訓練は「フォーカス・パッセージ」、下半期は「カレイジャス・チャンネル」と呼ばれているものです。23日から開始された非戦闘員護送訓練は後者と思われますが、米軍は軍事行動の「前兆」ととられないよう事前に訓練の実施を発表したと伝えられており、周到な配慮を見せています。

▼ミッション・クリープ

 さて、ここからは作戦の組立て方を順を追って説明してゆきたいと思います。まずは「ミッション=使命」について語らなければなりません。

 皆さんは、2001年のアメリカ映画『ブラックホーク・ダウン』を記憶されているでしょうか?1992年、国連PKO部隊として人道支援のため米軍がソマリアに派遣されたものの、翌年パキスタン軍PKO隊員が殺害されたのを受けて、アイディード将軍らの拘束が任務に加えられ、敵対的な作戦環境が急速に悪化する中、米軍ヘリが撃墜され、その救出のため「モガディシオの戦闘」といわれる泥沼の市街戦にまでエスカレートし、米国がソマリアから撤退するきっかけになった事例です。

 このように、当初の使命がなし崩し的に変更、拡大されることをミッション・クリープ(Mission creep)といい、作戦を失敗に導きかねないものとして作戦計画上の大きな戒めとなっています。

▼使命の確定が出発点

 作戦計画の作成に当たって最初に確定させなければならないのが、統合部隊の使命です。

使命(Mission)は、目的(Purpose)と任務(Task)からなり、とるべき行動とその理由が、「統合部隊は、〇〇(目的)のため〇〇(任務)を行う。」のように明確に定義されなければなりません。使命、目的、任務の意味や関係が往々にして混同されがちなので注意が必要です。

  使命を確定するというと、単に指示されたとおりにやればよいのではないかと思われるかもしれません。しかし、政治外交と密接な関係のある戦略レベルから作戦レベルへ示された指針だけでは計画を立てられないことが多いと思います。政治的なレトリックや曖昧な文言では作戦計画の土台とはなり得ず、統合部隊の指揮官が受けるとるべき使命とは、最低限、以下の問いかけに答えられるものでなければなりません。

① 受領した使命の「目的」は何か?

② 使命を達成するために部隊がなすべき「任務」は何か?

③ 部隊の行動に課せられた制限は何か?

④ 部隊の行動を支援するのに必要な部隊やアセットは何か?

作戦レベルにおいては、これらの質問に答えられるように戦略レベルの指針を分析し、必要に応じて補い、修正して使命を確定させることになります。

▼ミッションステートメント

 使命は5Wの要素を網羅して簡潔にまとめられます。これを「ミッションステートメント(Mission Statement)」といいます。一般の企業でも使われていることがあります。

 このミッションステートメントをもとにして、下位の指揮官はそれぞれに割り当てられた任務を検討し、使命を達成するために必要となるその他の任務を明らかにすることができ、上位の司令部と一致した計画作業を開始できることになります。

▼戦争は「終わらせ方」が大事

 戦争は始めるより、終わらせる方が何倍も難しいといわれます。危機が起こるたびに武力攻撃に踏み切る「レッドライン」が取り沙汰されますが、始めるだけなら「レッドライン」で良いかも知れませんが、終わらせ方まで考えるとなると「エンドステート」の議論が必要です。軍事作戦の計画において使命に続いて決めなければならないのは、「軍事的エンドステート」と「終結クライテリア」です。

▼軍事的エンドステートを決める

 軍事的エンドステート(Military end state)とは、作戦におけるすべての軍事目標が達成された(最終)状態であり、国家的目標を達成するために、もはや軍事力を必要としないという状況のことです。

 フォークランド紛争を例にとると、英軍の軍事的エンドステートは、「可能な限り速やかにフォークランド諸島及びその属領からアルゼンチン軍を撤退させ、イギリスの統治が復活した状態」でした。このエンドステート達成のためには上陸作戦が必須であり、その場合、南半球に本格的な冬が到来する6月までに行う必要がありました。

 英政府としては即時停戦を求める国際世論の高まりの中、米国等からも調停案を示されるような状況で外交交渉を進めた場合、アルゼンチン軍の速やかな撤退とイギリスの統治復活を実現することは困難と考えられました。その場合、はるかに後退したエンドステートを再設定する必要があると予測されたため、外交交渉を続けるのか、あるいは、交渉を打ち切って軍事作戦を優先するのか早急に決める必要に迫られました。

 結局、5月20日、国連事務総長の調停が断念されたため、英戦時内閣は上陸作戦を命令、21日には作戦開始となりました。スタンレーが陥落、アルゼンチン守備隊が降伏し停戦が実現したのは6月13日であり、辛くも当初のエンドステートを達成できたのです。

 このように、軍事的エンドステートを決めるに当たっては、戦略レベルの政治外交の影響を受けざるを得ないものであり、作戦レベルにおいては軍事作戦につきものの諸制約や条件との折り合いを適切に行うことが作戦の成功に極めて重要なことになります。

▼作戦終結クライテリア

 フォークランド紛争において、サッチャー首相の念頭にあったのは英国がスエズ紛争の経験から学んだ教訓である「終結させる自信がない時には軍事作戦を行ってはならない」ということでした。つまり、軍事的エンドステートとともに計画作業で最初に考えなければならないのは、作戦終結の要領です。軍事作戦をいつ、どのように終結させ、達成した優位な状況をいかに維持するかは、エンドステート達成の鍵といえます。

 過早あるいは明確な条件に基づかない作戦終結は、一旦終結した敵対行動を再開させたり、他のアクターの介入を招き紛争を長引かせたりすることに繋がりかねないため、統合部隊指揮官は早期の勝利獲得と真に望ましい条件達成のバランスを取ることが求められます。

 作戦終結クライテリアの一例を示すと以下のとおりです。このクライテリアは、国防長官の承認を受けるものですが、統合部隊の幅広い任務の達成、秩序ある戦闘行動の停止、部隊防護、紛争後の安定化作戦等への移行、部隊の再編、再展開などを含む作戦終結に際しての条件を列挙したものになります。

① X国国境の安全が確保されている

② Y国はもはや周辺国に対して攻撃する脅威を及ぼしていない

③ X国国家治安部隊は内乱を制圧する十分な能力を有している

④ X国国軍のための支援兵力を除き〇%の米軍部隊は撤退した 等

 ちなみに、作戦終結に関しては「出口戦略(Exit strategy)」という言葉もありますが、これは、軍事作戦の目的が達成された場合あるいは敗勢や甚大な被害が発生している場合において、作戦を終結させ部隊を撤退させる「方策」のことであり、作戦終結クライテリアは「状態・条件」である点において異なっています。 なお、「オフランプ(Off-Ramp:高速道路から降りる)戦略」という言葉が使われることもありますが、こちらは、チキンゲームを上手くかわし軍事衝突を避ける方策を意味しています。北朝鮮を巡っても、関係国が「オフランプ」する知恵と勇気を発揮することが求められています。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。