和船における羅針盤は十二支で方位を表す簡単な磁石であるが、航海用には逆針といって、磁石の針の指し示す方向が船首方位を示すように工夫されていた(船首を「子」とし、目盛り板に左回りに「丑」、「寅」の順に十二支の方位を書き込む)。この逆針磁石では、西を示す「酉」が右弦正横、東を示す「卯」が左弦正横となる。したがって、舵柄を右へ取るときは「酉の舵」すなわち「とりかじ」、舵柄を左へ取るときは「卯面舵(うむかじ)」すなわち「おもかじ」となる。

 ちなみに英語の「Starboard」の「Star」は舵を取る「Steer」の意味で「舵を取る舷」ということになる。舵が船尾中央に備えられるようになったのは14世紀半ばのことで、それまでは全部船尾舷側舵であり、両舷側に備えることもあったが、原則的には右舷側だった。右舷をStarboardというのはこのためである。

 「Port」はもと「Larboard」で、「Lar」は「荷を積む: Lade」とか「背後の」という意味で「Larboard」は「荷を積む側の舷」、または「操舵者の背後に当たる舷」のことである。舵が右舷にあったので岸壁への横付けは左舷となり「Larboard」が左舷となった。なお、「Larboard」では「Starboard」と語尾が同じで聞き分けにくいことから、Port(港、荷役口)に入って貨物を積む舷ということから単に「Port」となったといわれており、イギリス海軍については1844年に規則を改正、米海軍はその2年後に同様の改正を行っている。

 英語での操舵号令も当初は舵柄を動かす方向を意味していた。すなわちStarboardで舵柄を右に動かし、左回頭させていたが、船の大型化にともない舵輪が導入され、舵輪の回転は回頭方向と一致させるようになった。フランスは、いち早く船首の回る方向を基準とした操舵号令(現行と同じ)を採用したが、それ以外の国は従前の号令を守ったことから、紛らわしく事故も起こった。そこで1928年に海上衝突予防規則の改正が行われ、1931年から1935年の間に国際的な切り替えを終了し、現在に至っている。 

(杉浦昭典著『海の慣習と伝説』(1983年、舵社)等より)