海軍は、日本の近代経営の先駆者でもあったと言われることがある。元海軍主計中尉の和田良信氏による「迅速正確(どんぴしゃり)ヲ旨トスベシ-海軍式事務管理の要諦」という一文。
氏によれば、海軍事務処理の「基本精神」は、「海軍各庁処務通則(明治19年)」第二条に示されているという。そこには、「およそ事務を処するは繁文を去り、簡易を主とし、重要の事件は物品の計算書授受交換の証言の如き止むを得ざるものの外は、なるべく文書を用いず、互いに面議して処弁すべし。但し、省外各官庁の如き隔離するものは、面議に代え書信を以てするはその便宜に任すといえども、極めて簡短便捷なるを要す」とある。
この中で、「繁文を去り、簡易を主とす」、「極めて簡短便捷なるを要す」は、海軍事務処理の「基本精神」として海軍経理学校でも繰り返し叩き込まれたという。また、氏の頭の中に生き続けている事務処理「精神」として、以下のようなものを挙げている。
① 迅速―今日の仕事を明日まで残すな。② 正確―ダロウで仕事をするな。➂ アタマに書くな、メモをとれ。④ 士官は自分の意見を持て。「いかが取り計らいましょう」なら下士官兵でもいえる。士官たる者は「私はこのようにしたいと思いますが、いかがでしょうか」と上級者に訊ねよ。⑤ 士官の「士」という字は「十」に「一」を加えたもので、十人の心を一にするのが士官であると思え。⑥ 機密を守れ。この一点に関しては、愛する部下といえども敵と思え。⑦ 考課に関することを下士官兵に漏らすな。これを失ったら部下の心は把握できない。⑧ 「後悔」するな。「先悔」せよ。後悔を先に立たせよ。⑨ 「けじめ」をつけよ。ダラダラと仕事を残すな。やるときは猛烈果敢にやれ。遊ぶ時は徹底的に遊べ。⑩ 一枚の紙でも粗末にするな。反故紙は四つに切ってメモ用紙に使え。⑪ 同じミスを二度犯すことを馬鹿という。⑫ 効果をつけるときは短所を先に書け。「ねばり強いが気が利かない」と書くよりも「気が利かないが、ねばり強い」と書け。印象は最後が強いと記憶せよ。⑬ いくら飲んでもよいが、部下の前に酔態をさらすな。⑭ 課業中、私信を書くな。⑮ 部下の名前を早く覚えよ。姓名を訊くようでは部下の心を把握できないものと心得よ。
このような「基本精神」は、全体として現在も十分に通用する内容だと思う。
ちなみに「ドンピシャリ」だが、氏によれば、当時から下士官兵はよく「ドンピシャリ」という言葉を日常に使っていたそうで、海軍のモットーである「迅速」「正確」を表していたと述べている。これは艦砲の射撃訓練から発生したものと言われ、号令一下「ドーン」と発射された砲弾が標的に命中(ピシャリ)することであろうとし、明治19年の「簡短便捷」が「ドンピシャリ」という擬声語表現にシンボライズされたものではないかとしている。