命令下達の10ヶ条の想を練っていたら、大西瀧治郎元海軍少将(海兵40期)著の統率学の中に17ヶ条を発見した。これは昔も今も変りない立派な訓えであるのでそのまま書くことにする。
①命令事項は自己の職権以内なるを要す。私事の遂行を要求する場合は、あくまで依頼なることを忘るべからず。 ②命令の内容は受令者の識量に適応するを要す。③ 命令には発令者の意図する所を明確に指示するを要す。④ 命令には達成すべき任務を明瞭に指示すべし。任務は行動動作の基準となるが故に常に明瞭に指示すべきものなり。⑤ 任務遂行の手段に関しては一般に之を受令者の裁量に委せ、唯受令者の処断に委せ得ざる必要事項のみを指示するを可とす。⑥ 命令には憶測を加え又将来を希望する等のことあるべからず。⑦ 命令には此れを命じたる理由を示すことなし。指揮官の意図及び受令者の任務は明瞭に指示すべきも受令者に命じたる理由一切示すべきに非ず。⑧ 命令は同一受令者に対して同時に多数を下令することなく一時機一命令を可とす。⑨ 命令下達法は形式的要件に関しては作戦要務令に準拠し、咄嗟の場合にもその形式を誤らない様演練を要す。⑩ 受令者の遂行したる結果に関しては発令者は全責任を負う覚悟なかるべからず。⑪ 命令は一度下令せば必ず遂行を要求すべし。⑫ 一般に命令事項に関しては受令者に相談せざるを可とす。⑬ 命令の下達するときは森厳なるを要す特に号令においてしかり。⑭ 下令せる命令の誤りを発見したときはこれが訂正に遅疑すべからず。⑮ 命令下達に際し部下の服従を疑い或いは威嚇又は皮肉を交えるべからず。⑯ 命令下達の時機は適当なるを要す。⑰ 命令は短絡を戒む。
受令者の心掛けとして箇条書きのものは見当らなかった。私は10ヶ条になるように編集した。
① 上司から任務を与えられ、又命令を受領することは自分に対する信頼のあらわれであると感じて欣然として応ずる。② 発令者の目的意図を適確に掴む。③ 達成すべき目標を確認する。④ 命令は忠実に実行すべきもの。⑤ 命令の即刻実行は原則である。⑥ 中間報告は上司に安心感を与え信頼を増し、又新しい判断の資料を提供することになる。⑦ 自分の判断した実行方法は自分の責任。⑧ 独断専行は服従のうち、専恣は禁物。⑨ 兵力の経済的使用、被害の局限は受令者の責任。⑩ 事後の報告と次の命令を待つ構えを忘れてはならない。
以上、色々の面から考究してきたが、これが完全に行われている姿は命令の法的根拠や服従の条件等意識せず極く自然に行われている事が望ましい。それは統率の到着すべき最終の目的かも知れない。上を敬い下を恵み、上は責任ある、しかも適切なる命令が適時に出て、下は欣然応じてしかも遅滞なく忠実に遂行されるべきである。また、もし無作為に発生したいづれかの欠陥でさえも、お互いにこれを補って被害を局限し得る秩序の確立こそ理想の姿であろう。われわれは常に部下であり、又指揮官となる事も多い。良き指揮官である為には良き部下でなければならぬ。
(板谷隆一「命令と服従」『幹校レファレンス』(昭和37年5月)より)