トランプ次期政権での米中摩擦の激化が予想される中、ペルーで中国が建設を主導した大型のチャンカイ港が完成した(11/16各紙)。中南米に伸びる「一帯一路」構想は着実に前進し、中国の西太平洋戦略が全貌を現しつつあるが、その焦点は奇しくも日本の旧「南洋諸島」に当たっている。

 「生命線と導火線」(2024/11/15投稿)で、第一次大戦の結果として日本の委任統治領となった南洋諸島のことを取り上げた。ここに日本海軍の前進基地が造られれば、勝者のアメリカの前進基地であるグアムとフィリピンを側面から脅かし、更にはハワイへの補給路を寸断できる存在となることになった。ニミッツがこの南洋諸島を「太平洋に張られた巨大な熱帯グモの巣」と呼んだゆえんである。

 トシ・ヨシハラによると、実戦経験のない中国は1979年以降、他国の戦争を貪欲に研究してきたが、それは主として劣勢軍としての戦い方についてであった。しかし、近年の軍拡でアメリカとパリティになったことから日米という大国同士が戦った太平洋戦争からより適切な教訓を得られると考えるようになっているという。

 中国は将来、1942年の日本の国防圏に匹敵する広大な戦域での戦闘を想定し、弾道ミサイルや航空機の射程圏で敵を捕捉するとしている。そうなれば米空母打撃部隊は80年代後半以降初めてアウトレンジからのミサイルの重大な脅威に直面することになる。

 米側の太平洋戦争研究の多くは、優勢の米軍に劣勢の中国がA2/ADで邀撃することを前提としてきたが、今後は中国が海上・航空優勢を確保し、領域保全のため戦力投射することを前提とすべきである。つまり、太平洋戦争における日本ではなく米国が演じた役割を将来の中国が果たすことを考慮すべきとヨシハラは提言している。(「中国が学んだ太平洋戦争の教訓」(2023/1/31投稿))

 中国がA2/AD(Anti Access/Area Denial:接近阻止、領域拒否)戦略の第一列島線の焦点を台湾に置いていることは明らかであるが、第二列島線とそれ以遠の戦略的重要性も重視している。このことからBlacklyは「第二列島線」という「線」より、小笠原諸島と硫黄島からマリアナ諸島を通り、マーシャル諸島に広がり、さらに南西にカロリン諸島を通ってパラオとニューギニアの北海岸沖の島々まで広がっている「second island cloud」という「諸島群」として考えるべきとしている(Andrew K. Blackly, ”A Double-Edged Sword,”(USNI Proceedings, Feb 2024))。

 第一、第二列島線に加えて、ハワイ・サモア・ニュージーランドを結ぶ第三列島線を指摘する論者もおり、これらは図式的には分かりやすいものの、この地域における中国の戦略を考えると単純に「線」と捉える考え方は十分とはいえない。ポイントは、「second island cloud」((仮に「第二諸島群」とする)が太平洋戦争での激戦地で当時の飛行場などが残っていることと、中南米とのシーレーン確保のために中国がこの地域でプレゼンスを強めていることだ。

 この地域は太平洋戦争で激しい島の争奪戦になった場所だが、当時の航空基地27カ所のうち、2カ所を除き現在も軍用または民間飛行場として活用されていることはあまり認識されていないように思う。これら空港を活用すれば米海兵隊のMV-22輸送機やF-35B戦闘機の前進基地を展開でき、EABO (Expeditionary Advanced Base Operation:遠征前進基地作戦)による広範囲の領域拒否作戦が十分可能となる。

 これは、中国が依存している北太平洋や中南米との海上交易路を側面から管制できることを意味する。加えてウルシー(Ulithi)やマジュロ(Majuro)などの大きな環礁は水中脅威に対して安全な停泊地となり修理や補給に活用できることから、太平洋戦争で米海軍・海兵隊が日本海軍に対峙したときと同様、今日においても西太平洋戦略上、大きな価値を有しているといえる。

 中国もこの諸島群について同じような評価をしていることは間違いない。ヨシハラの分析によれば劣勢軍ではなく優勢軍の戦略として、東方への戦力投射を支援する部隊を島々に展開し、海上優勢を確保して領域拒否作戦を行い、必要なSLOC(海上連絡線)を保持するだろうと見られている。その結果、この諸島群を経由せざるを得ない日米豪のSLOCが脅かされる可能性がある。

 すでに中国はこの地域でのプレゼンス強化のためにインフラ投資などでミクロネシア連邦政府への浸透を図っている。この投資の大部分は、かつて「太平洋のジブラルタル」といわれたチューク州(1989年以前はトラックと呼称)に向けられている。ミクロネシアは、中国にとって重要な漁業国であり、希土類鉱物や金属の潜在的な供給源としても重視されている。すでに同政府は、中国の台湾に関する主権の主張を認めており、Panuelo大統領は一帯一路構想への参加にも関心を示している。最近、ギルバート諸島のキリバス共和国も中国からの開発資金の融資と引き換えに台湾の承認を停止した。中国のプレゼンスは着実に高まっている。

 冒頭のチャンカイ港から中国への直行航路は、北米を経由する従来航路に比べ10日短縮でき、中南米地域の対中貿易を通じた経済効果への期待は高い。また、中国は周辺国からのリチウムや鉄鉱石、銅などの輸入に使うと見られるが、トランプ次期政権のもと経済安全保障上の対立激化が見込まれる中、その重要度はさらに高まるだろう。

 また、米国はチャンカイ港を中国海軍が利用する可能性が高いとみており、そうなれば諸島群の東側からも軍事プレゼンスを強めて域内への影響力を更に増大させるだろう。「自由で開かれたインド太平洋」構想にも大きく影響してくるのは間違いない。今後の中国の中南米への「一帯一路」構想と「second island cloud(第二諸島群)」を中心とした西太平洋戦略に注目だ。