ネルソンの卓越した統率に見る12のLeadership traits(統率上の特質)

1 Humanity and a Sense of Identification: 部下の信頼と心服(Inspiring attachment)を得たことが、ネルソンが下級指揮官であった際にも司令長官であった際にも、成功した最大の理由である。ネルソンは、その人間愛からlower deckの水兵に対して強い愛情を示し、彼等の低賃金、ひどい食事、粗末な医療、非人道的な規律・刑罰などを鋭く感知(identification)し、その改善を推進した。その結果、健全で効率のよい艦艇や艦隊が出来上がるとともに、当時最大の問題であった水兵の士気振作に成功した。 

2 Thoughtfulness: ネルソンは、思いやりのあることでも有名で あった。トラファルガー海戦に臨む前の最後の郵便集配船に、ある下士官が妻への手紙を託しそびれてしまった。ネルソンがそれを知ったとき、「明日の戦闘で彼が倒れないと誰が言えようか」といい、既に遠ざかりつつある集配船を呼び戻す信号を揚げさせたという。

 1805年のカルダー事件というのもその例である。海軍中将Sir Robert Calderは、スペイン北部フィニステャー岬(Cape Finisterre)沖で、優勢なスペイン艦隊と交戦し、2隻の軍艦を捕獲したが、その後の戦闘に最善を尽くさなかったとの理由で本国での軍法会議に召還されることになった。帰国に当たっては、旗艦「Prince of Wales」ではなくフリゲートによることとされ中将は意気消沈していた。これを見たネルソンは、「一士官としては誤っていても一人間としては正しい」として、海軍省の命令に反し、また、その夜予期されたフランス艦隊との戦闘が劣勢になることを予期しながらも「Prince of Wales」を解列し中将の帰国に供したのである。

3 The Leader as the Official Spokesman of the Group: 海軍の大きな勝利に対しては論功行賞が行なわれるのが通例であったが、1801年のコペンハーゲン海戦の際には、ネルソン自身は子爵を授けられたものの、部下将兵一般(his brothers-in-arms)に対する叙勲やロンドン市からの感謝決議等が行なわれなかったため、ネルソンは憤慨し、「部隊の公的な利益代弁者」として海軍省やロンドン市長と粘り強く交渉した。結果的には交渉は成就しなかったが、これは指揮官と部下との密接なIdentificationの異なった一形態ともいえるものであった。

4 Loyalty: ネルソンは、どんな状況でも彼に忠誠を誓った部下士官を誠実に擁護した。英国が対仏海上封鎖作戦実施中の1795年、ネルソンは分遣戦隊司令であったが、彼の部下が仏に協力して補給船の入港を見逃しているのではないかとの嫌疑を英外務省からかけられたことがあった。ネルソンは外務次官あて激烈な手紙を書き、まず部下士官にかけられた嫌疑を払拭し、その後、その指揮官、そして最後に自分自身の名誉の回復を図った。

5 Tact: 他人の感情を理解し適切に対応する機転、統率上のコツや如才なさも重要である。ネルソンは、1805年、ビリナーブ(Villeneuve)の艦隊を西インド諸島に長期追跡した際、最鈍足の帆船「Superb」が艦隊全体の足を引張っていた。同艦のKeats艦長に対してネルソンは「「Superb」が私の望むほど早く走らないことを貴官が案じているのではないかと私は恐れる。「Superb」が個艦として最善を尽くしているということを私はよく知っている。どうか貴官は事態を心配しないでもらいたい」と思いやりのある書信を送った。このような状況下にある不運な士官を鼓舞激励するのが偉大な指揮官である。

6 The Leader as Arbitrator and Mediator of Conflict and Dissension among his officers: 指揮官として部下士官の間の不和や論争の仲裁者及び調停者となることも重要である。ネルソン最期の日、彼の次席指揮官であるCollingwood提督が、新着任の旗艦艦長について苦言を呈したとき「My dear Coll, 敵がいるときには、我々すべての英国人は兄弟のようでなければならないんだ」と言い聞かせたと言われている。

7 Satisfaction of the Individual’s Need for Recognition: ネルソンは、認められたいという個人の欲求を満足させることの重要性をよく認識し、名誉を受けるのが当然の者には名誉を与えることが大切であると考えていた。3のコペンハーゲン海戦の後の交渉では、その行為と忠誠心が極めて顕著な士官の氏名と功績に対して海軍省の注意を喚起しようと何度も努力した。

8 Selflessness: 無私とは指揮官の統率力を高揚させる資質のひとつである。ネルソンの場合、それは金の誘惑に対する態度に最もよく表われた。1785年、西インド諸島方面行動中、報奨金が稼げそうな(fat)商船ばかりを狙う艦が多かったのに対し、ネルソンは若き艦長として常に敵の軍艦を求めて行動していた。このような自制心(Self-control)が、彼をして海軍の同僚から高く抜きん出た存在としたのであった。

9 The Leader as Exemplar: 指揮官は、その組織から敬服されるような態度や行為の模範とならなければならない。これにより部下はますます指揮官を慕う(endear)ようになるし、その行為を見習う(emulate)ようにもなる。真勇(sheer bravery)ほど部下を引きつけるものはなく、義勇(Moral courage)は全ての者の想像力を虜にするものであり、偉大な海上指揮官に要求される重要な要素である。

10 Personality: ネルソンの人格こそは、最も重要な統率上の資質であった。彼は、彼と接触したすべての人を、その快活さ、マナーの良さ、自然な振る舞い、嫌味のなさで感化し心服させた。ネルソンの個人的魅力(personal magnetism)の重要な要素は、彼のshowmanshipであり、スピーチやジェスチャーについて劇的な演出をする直感的能力を持っていた。だからこそ、ネルソンはSt.Vincentの海戦においてスペインの軍艦に斬り込む時、“Westminster Abbey, or victory!”(ウェストミンスター寺院の墓地に葬られる栄誉を得るか、しからずんば勝利か!)と叫ぶことができたのである。

11 Professional Expertise: 指揮官はすべからく専門の技量に卓越する必要がある。若い頃からネルソンは見事な操艦技量を発揮して見せた。また、彼は聡明な戦術家であり、卓越した戦略家でもあった。1805年9月29日、ネルソンがトラファルガーの作戦計画を部下士官に提示した時の模様をLady Hamiltonに次のように書き送っている。「私が彼らにネルソン戦法を説明したら、それはまるで電気ショックのようだった。涙を流したものもいたし、みんな口々に、これは斬新だ、これは単純明快だ、これは成功するだろう、これで敵を撃滅できるだろう、と言って喜んだ。」

12 Confidence in One’s Subordinates: ネルソンは、部下士官を信頼していたが、これは彼の天才的戦術家としての重要な要素であった。この信頼は、平生からネルソンが予期される戦闘における戦術について、部下の艦長達と状況が許す限り長期にわたり、自由に議論した結果であり、彼の旗艦の後甲板は年中無休の「艦長練成学校」であった。柔軟性のある作戦計画とネルソンと部下艦長との相互信頼の結果、かつて見られなかった上下の団結と意志の疎通が実現した。

※本稿は、上坂康「ネルソンとその統率術(上・下)-マーダー教授の講話-」『波涛』(昭和51年9月、11月)の一部を許可を得て転載したものです。