米朝対話が具体的な日程に上ってきました。かなり唐突な印象を受けるのですが、北朝鮮の平昌冬季五輪を活用した微笑外交と対話攻勢で韓国が落ち、トランプ大統領のトップダウンのディール(取引)外交につながったということではないでしょうか。

 「対話」と「交渉」は違うということですが、現在のところ、米朝首脳対話までにどのような下地作りがなされるか不明です。過去の北朝鮮の交渉経緯を考えると、交渉スタイルの分からない金正恩氏とトランプ大統領がいきなり会うことに危険はないのでしょうか。高く上がったボールを誰がどのように受け止めるのか、捕りそこなった場合の悪影響をどう担保するのか、北朝鮮のECOAを十分に検討して、対話のウォーゲームで米国のCOAが検討されることになると思います。

 一方で、北朝鮮のメディアは米朝対話に関する報道をしていませんが、今回のような極めて大きな方針転換を北朝鮮国内ははたしてどのように受容するのでしょうか、こちらも大いに気になるところです。

 これまでの抑止が機能してきた「均衡点」が引き継がれるのか、あるいは新たな「均衡点」が模索されるのか注目されます。そしてそれまでの間、北朝鮮に対する宥和を許さず、もちろん逆火(バックファイヤー)にも至らせないよう微妙な「対話」が求められるという新たな段階に入ったことだけは確かなようです。(2018年3月19日記)

 さて、前回は以下のとおり、集団に起因する意思決定を阻害する「落とし穴」及びそれらを防止するためのレッドチームについて説明しました。今回は、レッドチームによるもう一つの活動分野である様々な分析手法を活用した批判的思考について説明します。これにより、不十分、不正確な情報の中でも検討の視点と解決策の幅を広げ、最終的な決定がなされる前に、判断の誤りや弱点を明らかにすることが期待されます。

▼レッドチームによる批判的検討

 批判的検討において、レッドチームは、まず指揮官の意図を理解し、そのニーズを踏まえつつ、悪魔の代弁者として敢えて天邪鬼的ともいえる視点から建設的な異議を唱えます。この際、レッドチームの提示する意見が中途半端なものであると幕僚の作業を却って混乱させる可能性が考えられます。したがって、時間的制約と作業の優先順位を指揮官や幕僚長と調整して、対象とする分野や課題を絞り込み、焦点を絞った熟考された意見を提示するようにします。また同時にレッドチームの成果物の提示、配布のしかた、その範囲についても十分に考慮し、正しく活用され、無用の混乱や逆効果を招かないようにすることが重要です。

▼競合仮説分析

 レッドチームに期待に期待される批判的検討のうち、敵の欺瞞が疑われるような不確実性の高い場面で用いられる典型的な手法です。立てた仮説を否定するエビデンスに着目し、そのような情報が「隠れた前提」や「追認バイアス」等の影響で誤解釈されないようにすることを目的とします。

 まずブレーンストーミング等の手法を用いて、考えられる仮説を洗い出し、そのすべてについて、関連するエビデンスをリストアップし、仮説とエビデンスのマトリックスを作ります。仮説を肯定するものに「+」、否定するものに「-」を付け、各仮説の肯定点と否定点の合計点を出します。否定点の合計が最も少ない仮説が「最も確からしい仮説」となります。

 次に、各エビデンスが間違い、欺瞞等であった場合の合計点数への影響の度合をひとつひとつ試算、分析します。これにより、各エビデンスの当否が仮説証明を左右するかどうかが明らかになります。最後に、現時点で最も正しいと思われる仮説に加え、新たなエビデンスが得られたら肯定される可能性の高い仮説を含めて結論をまとめます。分析終了後、仮説を左右するエビデンスを引き続きモニターする態勢をとって意思決定プロセスを進めます。

▼代替将来分析

 この手法は幕僚の作成した単一の見積結果を受け入れるにはあまりに状況が複雑で高い不確実性があると判断した場合に、複数の将来予測を立てて分析する手法です。

 一例としては、将来予測を左右する最も重要な要因のうち不確実性の高い2つの要因を抽出します。2つの要因それぞれの不確実性の幅からそれぞれ2つの両極端の将来予測を立て、合計4つの将来予測をシナリオとしてストーリー化します。この4つのシナリオに対して、現在の戦略や決定の及ぼす影響度合いを評価し、必要に応じて戦略や行動方針を修正するか、修正せずに当該シナリオが現実になった場合の対処方策を準備します。

 この方法は、比較的時間と労力を要するものですが、多くの「既知の未知事項」に加えて「未知の未知事項」が存在するような状況では有用なアプローチとなります。

▼代替データ分析

 レッドチームが実施するもう一つの代替分析の手法です。基本的に通常の情報分析でも用いられる手法ですが、確認された情報に基づくのではなく、通常の分析では排除されるような情報源を意図的に使用するところが異なっています。情報源としては、通常の分析で排除されたもの、オープンソース、学術研究のデータ等が用いられます。

 レッドチームは、この代替分析の結果と通常分析の結果が大きく異なった場合には、その原因となったデータを追加的に収集して更に分析することになります。また、両分析の結果が近似していれば、通常分析の結果の信頼度も高いという判断もでき得ます。

この手法は、敵や他のアクターの要因に見落としが懸念されていたり、通常分析の結果に信頼が置けないような状況で、敵の欺瞞が疑われる場合に有用といえます。

▼拒否及び欺瞞検知

 ここでいう「拒否」とは、相手の情報収集能力に応じたカモフラージュ等により情報へのアクセスを妨げることをいい、「欺瞞」とは、発信する情報の内容を操作して相手の分析を誤らせることをいいます。

 幕僚が計画作業や作戦の遂行に没頭している場合、拒否や欺瞞を行なう可能性が高いと警戒されている敵に対峙しているときでさえ、その兆候を把握、分析する余裕がない可能性があります。そのような場合に、独立性を持ち批判的検討に慣れているレッドチームは、拒否や欺瞞の兆候を把握、分析するのに適任といえます。

 各種手法のうち、競合仮説分析と代替データ分析はこの目的に特に有用ですが、これらを補完する方法として、敵が拒否や欺瞞を行っていないと仮定した場合に把握し得る兆候を注意深く抽出したチェックリストを用いるやり方があり、これを「拒否及び欺瞞検知」といいます。

 ただし、敵が味方に兆候を把握されることなく成功裏に拒否や欺瞞を行なった場合には、このチェックリストも効果を発揮できないためレッドチームとしては、悪魔の代弁者等の手法を継続的に用いるしかないといえます。

 拒否や欺瞞を予知することは容易ではありませんが、敵にとって欺瞞等による大きな効果が期待し得る局面で、友軍に集団思考や慢心の兆候が見られるような時には、レッドチームは、拒否及び欺瞞検知のための活動を特に強化する必要があるといえます。

▼SWOT分析

 広く一般にも用いられている手法ですが、様々な検討段階において要因の見落としを防ぎ、検討分野を適切に定めるための追加的な手法といえます。

 強点(Strength)と弱点(Weakness)、好機(Opportunity)と脅威(Threat)を列挙し、2×2のマトリックスにした上で、S×O(積極的に主動をとる)、S×T(強点を生かして脅威を好機に変える)、W×O(弱点に乗じられないようにして好機をとらえる)、W×T(弱点を防護して最悪の被害を防ぐ)のそれぞれのセルについて対処すべき方針や作戦環境を考察する手法です。

▼高影響度/低蓋然性事象分析

 検討チームに対して、考えにくいことを考えさせるのもレッドチームの重要な役割です。この手法は、現場あるいは戦術レベルにおいて生起し得る事象のうち戦略レベルで大きな影響を及ぼすもの(現場兵士の悪行を撮影したビデオが流出したり、コアリション軍の部隊を味方撃ちして外交問題に発展するような事案等)を明らかにするものです。レッドチームは、作戦計画の遂行を困難にしかねない事案の分析を支援します。

 この分析は、注意深く立案された計画は支障なく実行されるに違いないと考える指揮官や幕僚の独善や自信過剰に警鐘を鳴らすものとなります。また、敵は見積もられた最も蓋然性のある行動方針(MPCOA)をとるとは限らず、意外な事象が将来の戦略環境を規定する要因となり得ることを示すことにもなるはずです。

▼「起きるとしたら?」分析

 この手法は、特定の事象が起こりえないと考える思考傾向に対処するものです。

 まず起きないだろうと考えられている事象が敢えて起きたと仮定し、その考えられる原因を検討チームに具体的に検討させます。高影響度/低蓋然性事象分析と似ていますが、結果の及ぼす大きな影響に着目するのではなく、どのように起こり得るのかという原因に着目するところが異なります。

 この手法は、将来、特定の事象の生起、不生起を固定的に見通してしまう思考傾向にも有効です。同様に、敵のCOA(行動方針、後述)の評価あるいは特定事象に関する警報を出すに際しても応用できるものといえます。

▼事前失敗分析

 これは、起こり得る失敗とその可能性を予測する手法です。一般のリスク分析と異なる点は、計画が失敗したと仮定するところから始めることです。

 計画を完成させたグループの自信、集団思考の傾向、誤った安心感に警鐘を鳴らし、行動方針の前提条件、任務等を再検討させ、計画への執着や所有者意識を打破するもので、ウォーゲームの前後に実施するのがベストだと思います。以下のような要領で、短時間で実施できるメンタルシミュレーションです。

1. 全メンバーが計画の内容を理解します。

2. 大失敗したと想定します。その場合、何が原因だったかを考えます。

3. 各メンバーが個別に考えられる原因を書き出します。

4. 各メンバーの考えを拡散思考的にすべて書き出しリストを作ります。

5. リストをもとに現計画を検討し、修正を検討します。

6. リストは定期的に見直し、異なる種類の失敗を思いついたら書き加えて計画の改善に資するようにします。

▼指標監視

 最後に挙げる検討手法として「指標監視」があります。この手法は、「専門性のパラドックス」等の克服を目的としており、俗にいう「ゆでガエル」防止対策ともいえます。

 レッドチームは、作戦環境に含まれる事象や傾向を指標として定期的に確認し、これにより変化の兆候を把握し、警報を発することができます。これらの指標は、現在の行動方針(COA)を決めた際の主要な要因や考え方の枠組み、仮定などであり、軍事外交、政治経済、社会文化的な事象等の中に見出されるものです。作戦評価で用いる「RI(Reframing Indicator)」がこれに相当します。

 作戦環境以外の要因についても、情勢の転換点となるような監視可能な事象のリストを作り、些細で緩慢な変化で、一見、関連を見出すのが困難な兆候の把握に努めることがレッドチームに期待されているといえます。

▼連載終了にあたり

 以上をもちまして「戦う組織の意思決定入門」の連載を終わります。

 変化の激しい環境への対応、危機管理の重視、コンプライアンスの順守、働き方改革など「戦う組織」に求められるものはますます増えていく中で、コアとなる「業務」にリーダーの能力を最大限に発揮させなければなりません。そのための的確性、迅速性を備えた意思決定サイクルと適切な補佐を得るための生産性の高いスタッフ組織を確立するための統合作戦司令部の取組みは参考にして頂けたでしょうか。

 このような意義を持つ技法ではありますが、一方では注意も必要であると思います。すなわち、意思決定の手順や形式に囚われすぎることにもまた、同時に注意しなければ折角の技法も逆効果となりかねないということです。

 何事も「決められた手順」を踏むべきと思い込んだり、すべての資料を文書化しなければならないとすれば、限られた時間内で意思決定をすることなどできない場合が出てきます。作戦設計の途中の分析ステップで引っかかって幕僚が思考停止し、「金縛り」状態になってもいけないと思います。

 意思決定に際して、可能な限りの情報を集め、分析し、見積り、満点の答を追求することはもちろん重要ですが、場合によっては、半分の時間と手間で得られた及第点ギリギリの答の方が有用であることも十分にあり得ると思います。

 また、敵の2倍の速さで意思決定サイクルを回せば、たとえ間違っていてもすぐに修正すればよいとするような論も耳にすることがありますが、それは本書が対象とするような大規模で摩擦の大きなオペレーションには当てはまらないでしょう。

 このように意思決定における時間やタイミングの要素は強調してもしすぎることはないと思います。俗に言う「溶けたアイスクリーム」にならないようにしなければなりません。この点において、リーダーやベテランと言われる人々は、問題の軽重を判断して常に優先順位の高い、重要度の高い問題に焦点が当たるように指導しなければならないと思います。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。