3月5日、金正恩氏が参加する形で南北会談が開かれ、4月末の南北首脳会談の開催、北朝鮮の核実験・ミサイル発射のモラトリアム(一時中止)、例年規模の米韓合同軍事演習の容認等で合意に達しました。米政府は過去の経緯もあり慎重に見極める姿勢を示していますが、トランプ大統領は対話に前向きなようです。
さて、このような「進展」があると、日本として気になるのは、他にも大きな安全保障上の懸案を抱える米国が、とりあえず北朝鮮による米本土への脅威を除去する「次善の策」で妥協してしまわないかということです。この場合の最大の懸念は、「同盟分断(Alliance decoupling)」だと思います。
この「同盟分断」には二つのモードがあるといわれています。ひとつは「米国躊躇モード」であり、北朝鮮が米国本土に核攻撃できる段階になったとき、米国が北朝鮮からの核攻撃を恐れ、同盟国である日本や韓国に対する防衛を躊躇することです。いわゆる「ロサンゼルスを危険に晒してまで、東京やソウルを守るのか」という状況です。
もう一つは「同盟不信モード」で、米朝間の交渉の結果、北朝鮮のICBMの開発・配備を凍結、米本土の安全をひとまず確保するという「次善の策」で妥協する場合です。そうなると北朝鮮は「安心して」日韓に対する恫喝を強めるでしょうから、日韓両国内に同盟への不信が芽生えるというわけです。このようなディカップリングにならないよう、北朝鮮の「微笑外交」や「対話攻勢」には心して臨まなければならないと思います。
ところで、4月には米韓合同軍事演習も行われるわけですが、「最大限の圧力」のためにはそろそろ有志国連合(コアリション)の形成も着手して本気度を示すタイミングではないでしょうか。今のところ、国連軍派遣国会合(17か国)をベースにして、日本が入るケースが考えられると思います。もう一つは、1月18日に日米韓加など17か国が発表した、大量破壊兵器拡散阻止構想(PSI)に基づく北朝鮮の違法活動を海上阻止行動(Maritime Interception Operation)で取り締まろうという枠組みがあり得ます。こちらの方が立ち上がりは早いかもしれません。
いずれにせよ、制裁の効果は出ていますので、日本として朝鮮半島情勢の行方にどのように向き合うのか、国家意思をはっきりと示さなければならない時期だと思います。(2018年3月12日記)
さて、前回は個人に起因する意思決定を阻害する「落とし穴」について説明しましたが、今回は、組織に起因する要因を見てゆきたいと思います。
▼ 組織に起因する要因
訓練された結束の固いチームは大きな戦力です。しかし、高い専門能力、業務処理の速さ、団結力といったものは、時として組織内の異論や代替思考を抑え、その結果として効果的な意思決定プロセスを阻害し、適切な意思決定に至らないおそれがあります。これは、軍隊のような団結力の強い階級組織においては特に警戒すべき問題であり、後述する「レッドチーム」を活用するなどして適切に対処する必要があります。
▼集団思考と組織的思考の問題点
1)集団思考
まず第一に挙げなければならないのは「集団思考」の問題です。思考傾向の似通ったメンバーからなる凝集性の高いグループは、一致団結し合意形成しやすいという強点があります。しかし、この強点は、仮定や代替案の十分な検討を省略して得られたものかもしれず、このようなグループの行った意思決定は、新たな状況が生起した時や考え方の枠組みを変更すべき状況においては、弱点を露呈しやすいので注意が必要です。
2) 組織的慣性
集団思考のほか、組織としての意思決定の問題点としてよく見られるのが、「組織的慣性」と呼ばれる問題です。完成した分析評価や計画について、作戦環境も見直しを要するほど大きく変化しておらず、現場の部隊等もそれらに習熟・順応している場合、司令部としては現状に対して適合していると判断することになります。
仮に見直しとなると、相当の労力を要し、他の作業を大きく圧迫することから、多少の状況の変化が生じても既存の計画等をなるべくそのまま受け入れようとする傾向は強いと言え、特にその計画の承認に困難を伴ったような場合には尚更です。
このような計画をそのまま使い続けた場合、現状と合わない部分をその都度修正せざるを得ないことになりますが、それは弥縫策の積み重ねとなり、作戦の遂行を遅らせかねず、見直しの労力も事前にまとめて見直した場合よりトータルではかなり大きいものになる可能性が高いと考えられます。
3)思考放棄
組織的慣性以外の問題として、様々な理由から、組織として表面的、形式的に過ぎない「分析」をして、出来合いの当たり前の対処法を「結論」として示すことがあります。これは「思考放棄」といわれる問題です。このような対応をとってしまう理由としては、問題はいつもの型どおりのもので本格的な検討を要しないものである、緊急性があり改めて分析する時間はない、既存の枠内での選択肢の幅はそもそも限られており検討しても無駄である等であり、全く検討をしない場合よりも、一見分析検討をしたように見える分、問題は大きいといえます。
4)上司思考
思考放棄の一類型ともいえる「上司思考」といわれる問題もあります。これは、検討チームが指揮官の欲している結論を知っている場合にそれを忖度して、「上司が望む結論ありきの検討」を進めることです。平時においては、このような幕僚を「重宝」する上司もいないとも限りませんが、有事にはその欠陥をたちまちに露呈することは確実でしょう。
5)誤った合意
チーム内のメンバーに起因する問題もあります。
どのグループにも他のメンバーを感化して独自の意見を通す説得力のある人物や、持論を曲げない「信念の人(頑固な人)」がいるものです。これらが良い影響を与えることもあり得ますが、時間的制約のもとグループとして結論を出して次の課題に取り組まなければならない場合など、最も声の大きいメンバーの意見や、自説に固執するメンバーに仕方なく妥協してしまう「誤った合意」という問題を生じさせることがあります。
6)部族思考
グループのメンバーに、派遣元との調整に当たる連絡官等を含む場合、関係する組織の要求が迅速かつ適切に反映されることが期待されます。しかし、これら連絡官等が派遣元の要求を実現させることを第一義として調整に臨むような場合、「部族思考」という問題が顕在化することがあります。これにより、関係組織を一様に一定程度満足させるだけの「公約数」的な結論を出しかねず、直面する大きな変化や脅威に対応できない可能性が出てきます。
7)調整による劣化
部族思考のほかにも「調整による劣化」の問題があります。グループとして幅広い検討を行ない適切な決定案に至ることができたとしても、その後の個別の担当者による関係先との調整を経る段階で、様々な部分に徐々に変更が加えられ、一貫性が弱められ、中心的な概念にも妥協的な修正がなされる等して、最終的に当初案の良さが失われることはあり得ることです。
▼レッドチームを活用する
以上述べたような個人に起因する論理上の誤りやバイアス等に加え、集団思考等の組織的要因に起因する問題への処方箋として、作戦の現場で広く用いられるようになったのが、「レッドチーム」です。
レッドチームとは、敵を含む他者の観点から事象を見て、計画作業における既存の考え方に疑問を呈し、誤った思考傾向や先入観、集団思考や不正確な類推を排し再考を促すため、計画担当者から独立した立場で、批判的かつ独創的な代替案等を提示するチームのことです。
米軍全体としてのレッドチーム的な取り組みにはかなりの歴史がありますが、作戦の現場における現在の体系化されたレッドチームの手法は、9.11同時テロを防げなかった反省に基づいて逐次整備されてきたものです。
▼レッドチームによる意思決定支援
レッドチームによる支援内容としては以下のようなものがあります。
1) 問題のフレーミング支援
対象とする課題に正しい枠組みを当てはめ、エンドステートを定義することは、その検討作業全般の方向性を左右する極めて重要なことです。このような計画の初期段階では、検討の振れ幅も大きくバイアス等の影響を受けやすいため、レッドチームの貢献が特に期待されます。レッドチームは、中立的な立場、代替案の考慮、批判的思考の促進、文化的背景に関する知見等により、幕僚等に対して、広い視点から掘り下げた検討を促すことになります。
2) 重要な仮定のチェック
レッドチームには、重要な結節点におけるチェック機能も大きく期待されています。米国の戦った戦争を振り返ると、最終的には誤りと判明する仮定を、十分な検討をすることなく採用したことで、戦略的失敗を一度ならず犯したことがあります。例えば、「イラクの自由作戦」の開戦理由になった大量破壊兵器の保有が最終的に確認されなかったこと等です。
重要な仮定を綿密に検討することは初期段階において特に重要であり、その後も継続的に検討されることで、計画が健全な前提に基づいていることを確認できるはずです。仮定を検討する中で、隠された要因間の関係、事態の展開により問題となる他の要因、事実や仮定として紛れ込んでいる単なる意見や常套句、現在の状況に悪影響を及ぼす将来の事態予測等を明らかにすることになります。これらにより、リスクを軽減させた代替案を提示できることにもなります。
3) 情報の質のチェック
レッドチームに期待されるもうひとつのチェック機能は、最終的に結論に至る際に用いた情報の質の確認です。これにより、当該結論の持つ潜在的リスクを判断できます。カギとなる情報の完全性と信頼性は継続的に確認されるべきであり、レッドチームは、その独立性、批判的アプローチ等から適切な確認主体といえます。
4) 利害関係者のマッピング
レッドチームは、敵等の模擬、代替的な視点、文化的知見等を活用して、作戦に関係すると思われる利害関係者、組織、部族、政党、派閥、社会的運動、関係国等の特定や分析について助言し、感化、交渉等に関する計画立案を支援します。
利害関係者等それぞれに対して予期される活動のもたらす効果の程度、意図しない副作用、様子見のグループからの支持を得る方策等を検討します。この手法は作戦設計段階で特に有用であり、問題の枠組み、作戦環境の把握等に応用します。
5) 社会文化的検討の支援
レッドチームの有する社会文化的知見を活かすもう一つの分野は、敵等を模擬する手法を応用して、作戦環境における主観的な要素に関して評価することです。情報幕僚部(J-2部)の行なう社会文化的分析が、検証済みの情報に基づくのに対して、レッドチームは、独自の推測をより多く加味した評価を行なうことが期待されます。
6) 混乱への予防対処
計画作業に集中している司令部は、不測事態への警戒がおろそかになっている可能性があるため、レッドチームは、計画の実行を阻害するおそれのある蓋然性は低いが影響度の大きい事象、いわゆる「ワイルドカード」が生起しないか注意を払い司令部を支援します。これらの発生が見積もられたならば、発生時の影響等も同時に評価し、影響を局限するよう計画の変更を促すことになります。
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。