トランプ大統領は23日の記者会見で、「制裁が機能しなければ、第2のフェーズに移行する。第2のフェーズは非常に荒く、世界にとって非常に不幸なものかもしれない」と述べ、軍事的措置を示唆したと各紙が報じています。同じ部分をAP電で見てみると、「…if sanctions don’t work, the United States would move to “phase two” in its pressure campaign against Pyongyang.」となっています。
英文では、「第2のフェーズ」は「second phase」ではなく「phase two」、また、制裁措置を含む全体の活動を「pressure campaign against Pyongyang」と発言しているところに注目です。大統領は、国防長官や統参議長から軍事オプションに関するブリーフィングを受けているはずですので、「6フェーズモデル」にいう「フェーズ2:主導の確保」、すなわち「戦闘状態において敵を撃破するために主動を握る段階」を念頭に発言したと考えるのが自然だと思います。また、「戦役(キャンペーン)」というからには複数の「作戦(オペレーション)」から全体が構成されていることが伺えます。話題になった「鼻血作戦」もその一つでしょう。
また、このことから現在は「フェーズ1:抑止」、すなわち「危機発生に際して、統合部隊の能力と決意を示すことにより、敵対国を抑止する段階」にあることが推測されますので、パラリンピックが終了したら、米韓合同演習など然るべく「抑止」作戦が展開されるはずです。
さらに、トランプ政権は、米コーストガードの船艇(カッター)を派遣し、日本、韓国、オーストラリア、シンガポールなどと連携して、国連の対北朝鮮制裁に違反している疑いのある貨物船への監視や検査などを目的とした海上阻止行動を強化する準備を進めています。国連の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは北朝鮮がシリアの化学兵器開発を支援してきたことを明らかにしました。
北朝鮮の脅威は、国際的な広がりを持つとの認識が徐々に広まってきました。遠からず海上阻止行動の枠組みも決まり、作戦名も明らかになると思います。米国が主導する戦役の全体像が明らかになりつつあります。世界がオリンピックに注目し、北朝鮮の微笑外交に幻惑されている間、北朝鮮は全力で核、ミサイル開発を進めていたでしょうし、米国は周到にさらなる制裁と北朝鮮に対する軍事オプションを準備していたことになります。(2018年3月5日記)
さて、前回は指揮官の意思決定サイクルの4段階と意思決定における指揮官の存在意義について私見を述べました。今回はそんな意思決定サイクルに潜むリスクについて述べます。
▼意思決定を阻害する「落とし穴」
これまで「作戦術」を駆使して作戦の計画と実行を行なうことを述べてきましたが、「作戦術」というものが「指揮官と幕僚の経験、素養、直感等に基づく『術(art)』」であることから、指揮官及び幕僚個人、さらにはグループに起因する論理上の誤りや様々なバイアス等が入り込む危険が潜んでいるといえます。
これら個人、グループに起因する意思決定を阻害する要因は、いわば「落とし穴」ともいうべきものですが、どのようなものがあるのでしょうか。まずは、個人に起因するものから見てゆきたいと思います。個人に起因する要因としては、論理上の誤りとバイアスに代表される考え方の「偏り」の問題があります。
▼論理上の誤り
情勢が緊迫した時に行なわれる兵力の展開や増強が抑止として機能するのか、挑発となりエスカレーションを招きかねないのかは、たびたび議論を呼ぶ困難な問題です。このような場合に、一旦何らかの行動をとると次々と連鎖反応的に他の行動を引き起こしかねないので、行動をとるべきではないとする主張がなされることがあります。このような場合、「連鎖反応」が起こる根拠は示さないまま「何かあったらどうするのか?」という一方的な主張で相手を追い込み反論を困難にしかねません。このような論理的誤りを「滑り坂論法(Slippery Slope)」と呼んでいます。
さらに、このような場合に外交的な解決など他の選択肢があり得るにもかかわらず、「開戦か否か」の白黒二分論を展開して、反対論を封じたり、他の選択肢の検討を妨害する過度な単純化による白黒論法もあり得ることです。これは、「誤った二分法(False Dichotomy)」といわれています。
これらに加えて、感情や恐怖に訴える論証、論点先取、因果関係の誤り、過度の単純化等、多くの一般的な「論理上の誤り(Logical Fallacies)」が個人に起因し得る問題として知られていますので注意しなければなりません。
▼バイアスの影響
フォークランド紛争(1982年)では、アルゼンチンはひとたび既成事実(島の占領)を作り上げれば、当時、海軍力削減等を進めていたイギリスは7,000マイルかなたの小島のために困難な再占領作戦は行わないだろうと評価していました。その後アルゼンチンは、自己のこのような評価を見直さなければならないような英政府の動きや、国際社会の動きがあっても、自己に有利に解釈して誤算しました。
これは、不利な情報が耳に入りにくく、有利な情報は入りやすい独裁政権特有の弱点もあったと考えられますが、根本には人は認知したいものを認知してしまうという「追認バイアス(Confirmation Bias)」の影響を受けたと考えられます。
このバイアスにより、既に信じていることを再確認する情報を求めたり、新しい情報が得られた場合でも、既存の判断を補強するように解釈しがちです。一方で、それまでの理解と相反する可能性のある情報は、見過ごしたり、過小評価したり、誤解釈したりする傾向が強く、誤判断の原因となり得ます。
追認バイアスと似たものに「現状維持バイアス(Status Quo Bias)」があります。これは、無意識のうちに、現在の傾向は続き、将来は過去の延長線上にある、あるいは状況が変化するとしても対処できる程度のペースだろうと考えてしまう傾向のことです。変化の兆候が見えているにもかかわらず、本格的な検討がなされないまま、重大な変化が見逃されることになります。
例えば、戦前の段階で日本海軍は海上戦闘において航空兵力が主役となることを見越していた数少ない海軍であり、ハワイ作戦など太平洋戦争の緒戦の段階からそのことが証明されていました。しかし、様々な要因で大艦巨砲主義の戦い方をなかなか脱却することはできませんでした。その理由のひとつには現状維持バイアスがあったものと考えられます。
変化への対応を遅らせてしまうもう一つのバイアスとして、「埋没費用バイアス(Sunk-Cost Bias又はLoss Aversion)」が挙げられます。これは、すでに状況が変化しているにもかかわらず、以前に行った決定に基づき非論理的な行動を行なってしまうことです。以前に行った決定が誤りで回収不可能なコストであることを認めることを先送りする、いわゆる「損切り」ができない状態に陥っているともいえます。
例えば、太平洋戦争開戦に際し、まずは中国戦線の大幅な縮減が大きな課題でしたが、物質的な利権、基盤喪失に加えて、それまでの日本軍の犠牲を否定してしまうことになるとの主張に押されて撤退できませんでした。巨額の予算で建造した戦艦群を無用の長物と化してしまう大艦巨砲主義の放棄を遅らせた例もあります。
バイアスの最後は、個人の考え方そのものに潜むものです。人はそれぞれ、意識的思考のベースになる無意識的な前提、歴史的類推、思考枠組に関する考え方を持っているものであり、分析、計画作業において意図しないバイアスが加わる可能性があります。これを「隠れた前提(Hidden Assumptions)」といい、本人がこのバイアスを意識していない場合には、重要な情報を見逃したり否定的に取り扱ったりして、分析、計画作業の基盤を歪めることになりかねないので注意が必要です。
▼自分本位の見方の投影
バイアスの影響とは異なり、敵に関する判断を自分本位の見方や価値観を投影して間違ってしまうパターンも典型的なものです。フォークランド紛争に例をとると、アングロサクソン系のイギリスは「今日、他国の領土を武力で奪うといった無法がそのまま許されると思ったら、その為政者はどうかしている。サッチャー首相が艦隊を送ったのは、別に彼女がアイアンレディだからではなくて、世界中の注視する中で英国の意思力を試されていると感じたからだ。」と考えました。
一方、ラテン系のアルゼンチンは「ラテンアメリカでは力の行使はもっとも日常的なものとして行われている。1人も人を殺さず、しかも武力によって政権が変わることもしょっちゅう起こっているではないか。マルビナス(フォークランド)奪回作戦もその一つだった。それを何と大時代な艦隊を率いて取り戻しに来るなどとはイギリス人の気が知れない」と考え、相手の意図を読み違えました。
このような自己の行動を規定している価値観、文化的規範、ドクトリン、認識、制約要因等を敵にも投影して、その思考や行動を判断する誤りを「ミラー・イメージング(Mirror Imaging)」といいます。
これにより、判断を下さなければならないが必要な情報が欠けている場合に、論理的一貫性を求める心理的要求から、自覚も意図もしないまま、本人の理に適う形で欠けた情報を埋めてしまいがちであり、誤った計画、見積り、決定の基盤を作ってしまう恐れがあります。
自分本位の見方により引き起こされるもう一つの誤判断のパターンに「自文化中心主義(Ethnocentrism)」が挙げられます。これにより、自分の属する文化、民族を基準として他の文化を否定的に判断したり、低く評価してしまい、結果として、敵の能力を過小評価したり、根拠のない自信過剰に陥り判断を誤ることになってしまいます。
例えば、太平洋戦争に際して、日本は「神国なり」として、米国の民主主義、自由主義を目の仇にし、米国人の生活態度まで軟弱、惰弱と決めつけ、米軍恐るるに足らずと下算しました。一方の米国も、日本人は内耳に欠陥があり、近視も多く平衡感覚を欠くので飛行機の高等飛行はおぼつかない等と誤判断していたことが知られています。
▼問題の捉え方
問題の捉え方によっても意思決定は大きく影響を受けることになります。
特に、枠組みの当てはめ方は重要で、それ次第で課題の理解に影響を与え、解決のための選択肢も変化することは多いといえます。「枠組みの罠(Framing Trap)」です。再びフォークランド紛争を例にとれば、イギリスにとって侵攻されたフォークランド諸島を大きな犠牲を払ってでも原状回復することは、同諸島の戦略的、経済的価値の乏しさや少数の住民の自決権を守るとの観点に立てば、議論の分かれるところでしたが、国際秩序の維持という大国の責任、国家威信の維持、英国の他の海外領土の維持等という大義名分や国益全体を考慮すれば、十分に説得力を持つものであったと考えることができます。
課題に対する枠組みの当てはめの問題に加えて、視野の広さも重要です。指揮官が、ある政策形成を念頭において、評価作業を要求した場合に、良心的な分析官は特定の立場を支持するような評価とならないように留意するでしょう。しかしその分析がいかに公正、客観的であったにせよ、指揮官が関心を持つ分野を明示した以上、限られた時間やマンパワーのもとでは、分析の重点は他の重要な要因を含むより広い分野からは逸れることにならざるを得ないといえ、意図せずに偏りが出てくる可能性があります。これは「政策バイアス(Policy Bias)」と呼ばれます。
また、俗に専門バカという言葉もありますが、過去に特定の課題等に深く関与し、その分野の知見が深ければ深いほど関係する情報に集中してしまい、それ以外の新しい情報を受け止めることが困難になる傾向が指摘されています。これは、「専門性のパラドックス(Paradox of Expertise)」といわれ、初期の兆候の軽視、見落とし、生じた変化や現在の状況の誤解釈等が懸念されるものです。
▼自信過剰と過度の悲観
戦史を紐解くとこの手の事例に事欠きません。成功あるいは失敗が確実と考えて行われるような計画作業は、「自信過剰(Over Confidence)」と「過度の悲観(Over Pessimism)」の悪影響を受けやすいといえます。特に、直前の作戦の結果が指揮官や幕僚の思考や判断に影響を与えた例は多くみられます。
例えば、ミッドウェー海戦(1942年)では、半年前の緒戦のハワイ作戦の成功からくる驕慢と油断が見られました。主力部隊の出撃が1日遅れてしまったにもかかわらず攻略日を延期しなかったこと、敵機動部隊の所在を掴んでいながら戦艦「大和」の所在を暴露しないよう電波封止を続け部下指揮官に知らせなかったこと、秘密保全がほぼ為されていないに等しかったことなどがその例です。
もうひとつの自信過剰に起因する問題は「計画との戦い(Fighting the Plan)」といわれるものです。計画や見積りを完成させた担当幕僚やチームが、その労力、プライド、所有権的発想に囚われて、見直しを要するような状況の変化を認めたがらず必要な計画修正がなされない現象は起こり得るものです。この結果、いわゆる「敵とではなく(適合性のない味方の)作戦計画と戦う(Fighting the plan and not the enemy)」状態に陥りかねないことになります。
▼時間的制約が引き起こす問題
時間的制約とマンパワー不足は司令部勤務の代名詞のようなものかもしれません。もたらされた情報量が個人又はグループの処理能力を超えている場合、「情報過多(Information Overload)」となるのは必定です。手早く処理するために、使い慣れた仮定や枠組みに適合する情報を採用し、新たな考え方を検討しなければならない情報は無視あるいは軽視される傾向が見られることがあります。これにより、誤った仮定や枠組みが放置されるほか、本格的な検討を要するような情報の端緒を逸する可能性が考えられます。
また、時間的制約と情報過多のもとでは、物議をかもさない分野や単純な枠組みにあてはまり、扱いやすい情報に焦点を絞る傾向、すなわち「過度の単純化(Oversimplification)」と「視野狭窄(Tunnel Vision)」が見られがちとなり、それが行き過ぎると、状況の変化に関わる重要な情報やその解釈が考慮されない恐れが出てきます。
さらに情報過多や過度の単純化の問題がエスカレートした状況において、「便宜解決(Assuming Away the Problem)」といわれる現象が見られることがあります。これは、課題の検討に際して当否は別にして、それに対するとりあえずの解答が手早く示せる仮定、思考枠組みを当てはめてしまう、俗にいう「やっつけ仕事」のことであり、作戦の成否がかかっている場合等には、なんとしても避けなければならない現象といえます。
▼その他の要因
最後に幕僚や指揮官が陥りやすいその他の要因をみてみます。
まず、日常生活でも経験する問題として、最初に与えられた情報に引きずられて、その後の判断に影響を受ける「アンカリング(Anchoring)」という現象があります。
例えば、太平洋戦争開戦前年に行われた海軍の図上演習で「海軍は開戦後2.5年分の燃料を蓄えているが、米英の全面禁輸を受けると、4、5か月以内に南方武力行使を行なわなければ主として燃料の関係上戦争遂行ができなくなる」との研究結果が出ました。以後この結果が、戦争持久可能2年論とともに、開戦時期を経済封鎖後4~6か月とする認識に大きな影響を与えることになったことが知られています。
また、本来の能力や品質と関係なく、ある一面の特徴によって評価が影響を受けるという「ハロー効果(Halo Effect)」もまた、日常よく見られる現象です。ちなみに、この逆を「熊手効果(Pitchfork Effect)」といいます。
例えば、あまり長期の訓練をせずピカピカに磨き上げられただけの軍艦を見て精強であると高く評価したり、長期間の厳しい訓練の結果、整備が追い付かず錆びているのをみて士気が低下しているのではと低く評価したりすることはあり得ることです。人の能力を学歴などで判断するのも同じことでしょう。
最後に、言葉巧みな主張と反論しにくい定説を繰り返すことは、場合によっては論理的な分析よりも説得力を持つことがあります。これを「弁舌の優越(Elegance vice Insight)」といいます。雄弁で(うるさくて)押しの強い人物が説得力のある「修辞」や個性によって、論理的な分析や標準手続きを押しのけて、検討の場を支配することもまた経験することです。
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。