「五輪外交」が一段落しました。ペンス米副大統領は、米国に戻る専用機内で「(文氏の北朝鮮に対する考え方に)非常に励まされた。日米韓に隔たりはない」と述べたと報じられました。また、文氏の訪朝問題については議論しなかったものの、文氏は北朝鮮が非核化の措置を実際にとり始めた時にのみ、圧力の緩和を考慮すべきだとの考え方を示したということです。
文大統領が、本当にこのような発言をしたのならよいのですが、このニュースはホワイトハウス発になっていましたので、米側が対北融和に傾く韓国に釘を刺したともとれるような印象を受けます。
北朝鮮では、金正恩氏が「国賓」待遇を受けた金与正氏率いる高官級代表団と面会し、訪韓の成果に「満足」の意を示した上で、「和解と対話の良い雰囲気をさらに昇華させ、すばらしい成果を引き続き積み重ねていくことが重要だ」と述べ、南北関係改善に向けた具体策をまとめるよう関係部署に指示したそうです。
北朝鮮の国連代表部が、貿易決済を担う「朝鮮貿易銀行」が国連安保理決議で資産凍結され国連分担金を払えないため、送金を可能にする措置を求めているそうです。今後とも北朝鮮は、あの手この手で必死に経済制裁の切り崩しを狙ってくるでしょう。
折しも、韓国政府は五輪後に行われる予定の韓米合同軍事演習についてあいまいな態度を取り始めました。韓国国防部は12日の会見で、北朝鮮が文大統領を招待したことで韓米合同軍事演習が中止あるいは延期される可能性について問う質問に「適切な時期に説明したい」とコメントしました。韓国大統領府の関係者も「韓米合同軍事演習は4月に再開するのか」との質問に「まだ何も決まっていない」と述べたそうです。
韓米合同軍事演習については、1月末に米合同参謀本部が「オリンピック後すぐに行われるだろう」と釘を刺しており、その時点では韓国国防部も「その通りだ」とコメントしていました。それが金正恩委員長が南北首脳会談を提案しただけで、韓国政府の立場が揺らぎ始めているようです。
近年用いられるようになった概念として「戦略的コミュニケーション(SC: Strategic Communication)」があります。これは、対象となる国に対して、自国の国益、政策、戦略目標の達成に資する環境を作り、維持、強化するため、関連する事業、アジェンダ設定、メッセージ発信、メディア制作等を国家的手段と同期させる取組のことです。
今回の冬季五輪を舞台に北朝鮮が行なった一連の外交攻勢は、韓国に向けた戦略的コミュニケーションであり、それは成功したと見ることができるのではないでしょうか。
13日、米国のペンス副大統領が北朝鮮との直接対話に言及したと報じられていますが、核・ミサイル開発に関する北朝鮮の政策変更が対話の前提条件だとの米政府の方針は変わっていないはずです。安倍首相とペンス氏は7日、東京での会談で、北朝鮮への圧力を最大限に高めて政策変更を迫っていく方針で一致しています。南北、米朝の対話開始に向け、しばらくは駆け引きが続くと思いますが、制裁の効果は確実に出始めています。
我が国の世論調査(10~11日、読売新聞社)によると、北朝鮮が平昌五輪に高官を派遣し、一部で南北合同チームを結成するなどしたことが、核やミサイル問題の解決につながると「思わない」と答えた人は83%でした。我が国では「微笑外交」は見透かされており、国民の「圧力外交」に対する支持は強いといえます。
北朝鮮が対話への意欲を示し始めた今こそエンドステートを見据えて対話の入口で妥協することなく、しっかりと圧力をかけるときだと思います。(2018年2月19日記)
さて、前回は作戦の実行を支える司令部の態勢を説明しました。今回は、司令部の円滑な活動を維持するために不可欠な「バトルリズム」の考え方について説明します。
▼ バトルリズムとは何か
作戦司令部においては、日常的にブリーフィングやミーティングが行なわれますが、これは統合部隊及び司令部内の同期化のために行われる活動と見ることができます。これらの活動の中で、特に「現行作戦(Current operation)」と「将来作戦(Future operation)」を同期化させるために周期的になされる活動のサイクルのことを「バトルリズム(Battle rhythm)」といいます。
指揮官の健全な意思決定が迅速かつ長期にわたって安定的になされるためには、効率的なバトルリズムが確立していることが必要です。このようなバトルリズムは、次の三つの段階を踏んで構築されます。
▼第1段階:指揮官を中心に考える
指揮官は、意思決定や幕僚との接し方に関して独自のスタイルを持っています。また、上級司令部との会議や報告のしかたも指揮官によって様々です。そこで、このような指揮官と上級司令部や幕僚との接点を「タッチポイント」として、指揮官の指揮活動を中心としてバトルリズムを組み立ててゆきます。これを「指揮官中心のアプローチ(Commander-Centric Approach)」といいます。
このアプローチにおいては、指揮下の部隊の意思決定や作戦実施に資するという条件を満たしつつ、上級司令部に同期させることが重要な要件になります。作戦レベルの司令部としては、作戦現場の戦術レベルを優先させ、「垂直的統合」のしわ寄せが現場部隊の作戦に影響しないように留意しなければなりません。
いずれにせよ、司令部においては、指揮官、幕僚双方の時間を節用し、「摩擦」を軽減するようなタッチポイントを設定することが、バトルリズムを確立する第1段階です。
▼第2段階:論理的にイベントを配置する
指揮官とのタッチポイントが決まったら、次に会議等のバトルリズムイベントを配置することになります。これらイベントにおけるインプット(提示資料等)とアウトプット(成果物)は、あらかじめ明確に定義され、指揮官の意思決定を効率的に支援するものでなければなりません。
まず、指揮官の意思決定に必要なイベントを中心として、関係するB2C2WGをインプットとアウトプットが論理的に連接するように配置します。司令部では、このようなイベントとB2C2WGとの関連を意思決定の重要な手順、「クリティカルパス」として規定して無駄のないイベント配置を図るとともに司令部全体としての業務の効率化を図っています。
次は、クリティカルパスで論理的に配置されたB2C2WGを日々、週間、月間の予定表の中に落とし込みます。この配置作業の際、指揮官に次いで優先的に考慮されるのが、SME(Subject Matter Expert:分野別専門家)と呼ばれる特別な幕僚や専門家です。必要性が高いものの配員が困難な専門家(HD/LD SME:High Demand/ Low Density Subject Matter Expert)のバトルリズムの中での活用要領は特に重要です。限られた専門家を効率的に活用できるようにB2C2WGの配置を考慮しなければなりません。
▼第3段階:ホワイトスペースを確保する
バトルリズムを構成する最終段階は、イベントが何も予定されていない「ホワイトスペース(White space)」を確保することです。
幕僚が様々なB2C2WGに連続的に出席しなければならず、考える時間が削られ、他の幕僚等との連絡調整がとれないような状況になれば、「過密バトルリズム」(Jam-packed Battle Rhythm)と呼ばれる状態になります。このような場合、会議等の短縮、削減及び参加者の絞り込みや変更を考慮しなければなりません。このような状況は司令部内の問題であるばかりでなく、その悪影響は指揮系統上の下位の部隊により大きく現れ得ることに注意する必要があります。
このような状況では、作戦司令部の幕僚が司令部内の対応に忙殺されてしまい、指揮下部隊との意思疎通や調整がうまくできなくなりがちです。また、戦術レベルの現場部隊では、もともと司令部との連絡調整にあたる幕僚は少数しか配置されていませんから、基本的にイベントは必要最小限であるべきです。さらには、司令部の幕僚レベル以下においてもJコード幕僚部が本来的に所掌しているルーティン業務やB2C2WG自体がそれぞれ固有のバトルリズムを回していることも考慮する必要があります。幕僚長はこのような観点からバトルリズムの「余白」が維持されているか注意を払う必要があります。
ホワイトスペースを考える上で、会議等の開催間隔は重要な考慮事項です。一連の会議で累積的な成果を求めるような場合、ごく単純には「(次回の会議の準備に必要なマンアワー)÷(担当幕僚数)=(最短の開催間隔)」となります。会議が定期的な情報の交換・共有のようなものであれば、当該情報のアップデート間隔(情報そのものの性質またはバックヤードの処理能力)が必要な最短の間隔時間と考えることができます。いずれにせよ、必要な間隔時間がバトルリズムに収まらない場合には、マンパワーを増やす等して単位時間当たりの処理能力を向上させるか、バトルリズムそのものの修正をしなければなりません。
指揮官は、バトルリズムの中で考え、休む時間が必要であり、戦場にある部隊を視察する時間の確保も実情把握と現場の士気高揚を考えると必須です。古来「最少の過誤を犯す者が最良の将である」といわれるように、疲労による判断ミスを防ぐために睡眠を十分にとることに留意した名将は多いといえます。このような観点から、指揮官の就寝中に不測事態が発生した場合に報告したり指示を仰いだりする要領等を定めた「Wake-upクライテリア」は軽視できないものです。
幕僚もまた、ルーティン作業をこなし、B2C2WGの準備をし、心身の健康を保つための時間が必要です。十分な準備がなされていない会議は、その結果も不十分で、司令部内の業務に混乱を招き、時間を浪費するとともに結果的に指揮官の意思決定にも貢献していないことになります。
効率的なバトルリズムとは、限られた時間枠を、指揮官と幕僚のやり取り、現場部隊の視察、そして幕僚自身の作業にバランスよく使うものです。典型的には、朝の時間枠を指揮官とのタッチポイント、日中は幕僚作業とB2C2WG、夕方は指揮官との定期的あるいは臨時の会議にあてつつ、現場視察、食事、休養等をとる例がよく見られます。
また、予定外の指揮官の動きに対応できる柔軟性を保つのもバトルリズムの要件のひとつです。VTC(テレビ会議)が一般化しても指揮官が遠隔地の会議に召集されることは考えられることですので、その際にバトルリズムに影響を与えないこと、また指揮官が現地視察等で不在中にもバトルリズムを維持できるよう次席指揮官や幕僚長の役割を確立させておくことが求められます。
▼バトルリズムには規律が必要
注意深く構成されたバトルリズムであっても、継続的に管理しないとイベントの遅延、増加、ホワイトスペースの減少につながり、バトルリズムは飽和し、非生産的なものとなりかねません。バトルリズムの適正な運用には規律が必要であり、幕僚長等がこの監督に当たる必要があります。
イベントの大半は会議の形をとるわけですが、米国戦略諜報局が作成した『サボタージュ・マニュアル(1944年)』には、「重要な仕事をするときには会議を開き、議論して決定させよ」となっており、「貴重な教訓」を与えてくれています。同マニュアルによると、会議を開くことで組織のパフォーマンスを低下させるメカニズムが以下のように説明されています。
① 集団の中での個人の貢献度が見えにくくなることによる「社会的手抜き」の発生
② 自分の無知がさらけ出されるとの「評価懸念」による発言の抑制
③ 反対意見や少数意見を主張するハードルからくる「沈黙の螺旋」
④ 多数派が正しいように思う「私的同調」、もめないように皆に合わせる「公的同調」
⑤ 内職、放心と発言のタイミングを待つ「調整損失」
このように、漫然と会議を開いてはいけないということですが、イベントの妥当性については、以下の「バトルリズムイベントの7要件」に照らして継続的に評価すべきであり、イベントが指揮官の意思決定に対して価値を付加するものでなければ、バトルリズムから除外すべきであるとされています。
① イベントの名称: 他のイベントと明確に区別されているか?
② 目 的: イベントの目的は明確か?
③ 時期と場所: 時間の配分と場所は適当か?
④ 関連Jコード: 誰が情報を受取り、整理し、配布するか?
⑤ インプット: 誰がいつ何をどういう形で準備するか?
⑥ アウトプット: いかなる成果物をいつ完成させるか?
⑦ 参加メンバー: 誰がいかなる役割で参加するか?
バトルリズムの運用に当たっては、そのクリティカルパスが有効に機能して幕僚作業が指揮官と同期しているかも重要な判断基準です。クリティカルパスの中に配置されたB2C2WGにおいては、その目的、議題、参加者の範囲とそれぞれの期待される役割が明確でなければなりませんが、そのポイントは次のとおりです。
① 指揮官は明確な指針と意図を示しているか?
② 指揮官に対する効果的なインプットと継続的なフィードバックがなされているか?
③ 下位の指揮官に権限を委任して適切なレベルでの意思決定を行なっているか?
④ Jコード幕僚とB2C2WGとの連携は効果的に行なわれているか?
➄ 調整目的の会議において機能横断的な参画はあるか?
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。