1月31日、ウラジオストック港沖に到着した北朝鮮の「万景峰号」が、同港への入港を拒否され足止めにされた結果、2月3日に燃料切れになり救難信号を発信したと報じられました。「普通の貨客船」が燃料切れを起こすことなど常識では考えられませんからニュースが本当ならば燃料不足が深刻化している可能性があります。
また、「万景峰92号」の方は、平昌冬季五輪のため北朝鮮芸術団を乗せ韓国に到着しました。韓国政府は独自制裁として北朝鮮船舶の入港を禁止していましたが、今回は「例外」ということです。当初、芸術団は陸路で訪韓の予定とされていたそうですので土壇場での方針変更であり、五輪を「人質」に取られた韓国の譲歩を引き出し、北朝鮮が制裁の形骸化を狙っているのは明らかです。
北朝鮮の制裁逃れの実態は、国連の場等で次々と明らかにされています。7日には安倍首相とペンス米副大統領との会談で北朝鮮への圧力強化の継続や日米韓の連携の強化を確認しました。トランプ政権は、北朝鮮核関連施設などの限定空爆を行なう「鼻血作戦」を検討中ともいわれます。
パラリンピックが閉幕するのは3月18日、米韓共同演習の日程が迫る中、制裁強化の動きも活発化することが考えられ緊張は激化すると思われます。米国は核・ミサイルに関するエンドステートを堅持していますので、米朝対話再開の条件も変わらずです。北朝鮮は更なる核実験、ミサイル発射を急ぐのでしょうか、今回の平和の祭典は「危機のプロローグ」となりそうです。(2018年2月12日記)
さて、前回は作戦の実行段階として、作戦司令部が行なう作戦指導、バトルリズムや作戦水平線の考え方などを紹介しました。今回は、その司令部の内部の編成や幕僚長の役目について述べてゆきます。
▼基本となるJコード編成
統合部隊司令部における幕僚部を機能別に「J-〇(〇は数字)」に区分した、いわゆる「Jコード編成(J-code organization)」は米軍を中心として同盟国軍に広く定着しており、この「お役所的」でない編成により、効率的な指揮監督、迅速な階層間の情報フロー、機能別の専門的業務の遂行等が可能となっています。
また、Jコード編成において「J-〇〇」と示される個々の幕僚は、その「〇〇」という名称により職位や責務が共通化されており、他の軍種や司令部等のカウンターパートとの連絡調整が容易になり、インターオペラビリティ上も有利といえます。
▼作戦指導のための機能/ミッション志向型ハイブリッド編成
平時における司令部編成の基準であるJコード編成ですが、有事の作戦指導においては、作戦水平線の考え方で複数のセルを作って対処しますので、機能別の幕僚部ごとの縦割りの態勢のままでは対処しにくい場合が増えてきます。
このため、Jコード編成の基本構成をもとにして、その利点を残しつつ、作戦上の要求に迅速、的確に応えるために、特定機能やミッション遂行のための常設的な組織を、幕僚部を横断した形で設置した「機能/ミッション志向型司令部編成(Functional/ Mission-oriented/Hybrid HQ Organization)」がとられるのが一般的となってきました。
この編成は、機能別縦割りのJコード組織に「B2C2WG(会議(Boards)、局(Bureaus)、センター(Centers)、セル(Cells)、ワーキンググループ(Working Groups)の総称)」や「作戦計画チーム(OPT: Operational Planning Team)」等を横断的に重ね合わせた混成組織です。
これにより、Jコード組織だけでは調整が効率的にできない作戦(例えば水陸両用作戦)や連携先司令部の態勢に合わせるために秘密保全等、特別の配慮を要する作戦(例えば特殊作戦)の遂行、軍以外の関連組織との連携等の強化、調整の迅速化など司令部全体としての対応力を向上させることができます。
▼幕僚長の役割
このような編成の司令部を効率よく機能させるためには「幕僚長(Chief of Staff: CoS)」の役割が極めて重要です。従来、幕僚長といえば、ともすれば煩雑な管理的業務の取りまとめ役やマネージャー的な役割が期待されがちだったと思います。
しかし、今日の「今夜戦う(Fight tonight)」かもしれない安全保障環境においては、指揮官の指針に沿って幕僚を教育し、業務を方向づけし、上級司令部等との調整をこなし、指揮下の部隊を監督するという重要で広範な役割が期待されています。まさに指揮官よりも「Be an inch deep and a mile wide.(深さは1インチ深いだけでよいが、幅は1マイル広く)」あらねばならない重要な配置といえます。
ところで、指揮官はそれぞれに様々な「意思決定スタイル」を持っています。作戦室でブリーフィングからディスカッションまでなんでもオープンにこなすタイプ、ディスカッションや決定・決裁は別室で限定メンバーでやるのが好きなタイプ等です。部下指揮官との意思疎通要領、幕僚長以下の上級幕僚への権限移譲、情報共有の考え方等にも大きな幅があり得ます。
また、大抵の指揮官には「癖」もあります。ちょっと面白いので、ペンタゴン勤務者に向けた本から拾ってみます。
「The loose cannon」(甲板に固定されていない(帆船時代の)艦載砲)
聡明でアイディア豊富でエネルギーに満ち溢れ海図なき航海を楽しむタイプ。独創性発揮のタイミングと量を制御する必要があります。幕僚には制御しきれない危険がありますから「間接アプローチ(後述)」で対処するのが賢明と思われます。
「The micromanager」(マイクロマネージャー)
細部にこだわり何でも自分でやりたがるタイプ。仕事中毒ともいえます。制御するには、本人だけでは処理しきれない大量の課題、ブリーフィング、データで飽和させ幕僚へ仕事を移管せざるを得ないように仕向けるか、これまで関与したことのない、本人のとても好きそうな分野へ上手く誘導することです。
「Retired-on-active-duty(ROAD)boss」(窓際上司)
「勤続疲労」でエネルギーが低下し、困難な決定から逃避し延々と検討したがるタイプ。幕僚は自分で片づけて、結果が出るのは定年後ですから、とサインだけもらうか、他の部署へ投げても結局もっとこじれてすぐに戻って来るだけです等と説得するのが得策です。
この手の話は面白いのですが、きりがないので本題に戻ります。
幕僚長の役割の中で特に重要なのは、このような指揮官の「意思決定スタイル」や仕事の仕方の「癖」にあわせて司令部の編成やバトルリズムを整備することです。幕僚を自己同期(後述)するよう仕向ける一方で必要時には積極的にオーバーライドする、状況にあわせてバトルリズムを管制するとともに、司令部全体の業務を優先付けし、常に重要任務に注力するよう仕向けることが期待されています。
▼B2C2WG方式の構成
垂直的なJコード編成をオーバーライドする水平的で機能横断的なB2C2WGは、幕僚を融合させる強力な手段であるとともに、指揮官との接点(タッチポイント(後述))も確保でき、実質的に組織をフラット化できることから、以下のように多くの統合司令部で導入されています。
① 作戦計画チーム
作戦計画チーム(Operational Planning Team:OPT)は、作戦計画に関する課題に対処するための計画チームであり、課題ごとに複数設置され得るもので、課題終結時には解散される一時的な組織です。
OPTの役割は、当該課題に関するチームとしての検討結果を、機能別WGやJコード幕僚部へ提示し専門的に検討させ、その回答をまとめて調整の上、決定権のある会議(Board)や日例アップデートブリーフィングの場へ進言、承認を得ることです。
② ワーキンググループ(Working Group:WG)
WGは、三つの作戦水平線時間枠すべてにおける機能別の課題及びOPTが提示する課題等に関して、司令部の内部または外部から専門的知見を集めて必要な分析結果を提供するために相当期間設置される機能横断的な組織です。
③ 会 議、ハドル
指揮官は、決定権を有する会議(Decision Board)を設置し、その責務と権限を定め、所掌する決定事項にふさわしいメンバーを指名します。この会議は、日例アップデートブリーフィングの場を活用して行われることも一般的です。
一方で、指揮官が計画担当者を集めて課題を持ち寄らせ、直接、意見や情報を交換する場をハドル(Huddle)といい、司令部組織の実質的なフラット化に貢献しています。
④ センター、セル
センター(Center)は、固有の施設と支援要員を持つ機能横断的な組織であり、統合部隊司令部には常設の統合作戦センターが設置されています。センター内には、特定のプロセス、機能、作戦のためにセル(Cell)が配置されます。
統合作戦センターは、主として現行作戦、将来作戦の作戦水平線を包含する向こう72時間から96時間の作戦について、監視(Monitor)、評価(Assess)、設計・計画(Design & plan)、指揮(Direct)の作戦機能を作戦種別、機能別に長期間にわたり安定的に発揮できるように設計されています。
➄ 局
指揮官直属の統合情報局(Joint Information Bureau)や幕僚長直属の統合ビジター局(Joint Visitors Bureau)が一部の司令部に設置されている例がある他、あまり設置されていません。
⑥ レッドチーム
B2C2WGを構成する組織ではありませんが、それに参加する指揮官または幕僚長に直属した「レッドチーム(Red team)」(後の連載で解説)の活用は、時間的制約下で適切な意思決定を行うのに極めて有用といえます。
戦略レベルである地域統合軍司令部では、レッドチームを「戦略フォーカスグループ(Strategic Focus Group)」の名称で活用する例もあります。このフォーカスグループは、戦域内の重要地域ごとに設置され、後述するバトルリズムを通じて、関連するすべてのB2C2WGに関与しレッドチームの立場から建設的な貢献を行っています。
▼司令部内の同期化
司令部内の限られたマンパワーと専門家の数を考慮するとB2C2WGの数は制限せざるを得ないため、優先順位づけと人的資源の有効活用は重要であり、幕僚長の役割がおおいに期待されます。
多くの司令部で週1回程度、「計画管理会議(PMB: Plans Management Board)」や「同期化会議(Synchronization Board)」等の場を設定して、三つの作戦水平線ごとの課題とその解決のための計画作業の優先順位、タイムライン、充当するマンパワーに関して、B2C2WGとJコード幕僚部をはじめとする司令部内の調整を行なっています。
その他、計画担当者が指揮官を囲む小規模な会議を「プランナーズ・ハドル(Planner’s Huddle)」として実施している例も多くみられます。これら司令部としての同期化調整を受け、各幕僚は「自己同期(Self‐synchronization)」という形で司令部全体としての統一的努力に資するように自ら業務を行うことになります。
ただし、現実には担当幕僚はPMB等を経ない調整(Outside Planning)を頻繁に実施しています。これを抑える必要はありませんが、重要な調整事項や問題点が司令部内で共有されなくなる恐れについては十分に留意しなければなりません。
▼作戦水平線間の連接
司令部内では、限られたマンパワーで常に複数の作戦設計・計画(修正)作業が並行して進行しています。このため、三つの作戦水平線間でギャップが発生しないよう、以下のような作業の引継ぎを行ないます。
① J5(計画)部が将来計画として設計・計画(修正)プロセスを開始し、事後策または次のフェーズの作戦コンセプトとして、COAのストーリーボード(主要な作戦場面のスケッチを順番に示したもの)をその概要説明とともに立案します。
② 検討が進み発動時期が近づくと、J5(計画)部は、J35(作戦部将来作戦担当幕僚)に対して詳細な引継ぎブリーフィング(作戦コンセプト、リスク、指揮官の意図案、ウォーゲームの結果等)を実施し、立案したJ5幕僚は計画とともに将来作戦セルに移ります(「Planner Continuity方式」)。
この際、立案した幕僚が当該計画に対する思い込みや執着傾向を持っていないことをレッドチーム活動等を通じて確認しておきます。
③ 将来作戦セルにおいて、分岐策、前提条件、開始トリガー、指揮官の意図案、CCIR案、作戦コンセプト、各構成部隊の任務、調整要領、リスク、ROE変更案等が完成すれば発動の準備が整ったことになります。
④ 発動の準備が整うと、作戦命令ブリーフィング(Orders Brief)を実施し、当該計画は関連する意思決定支援ツール等とともに現行計画セルに移管されます。
⑤ 引き続き、作戦発動チェックリスト、CCIR監視要領、作戦命令等の起案を終え、作戦推移を監視しつつ開始トリガーを待つことになります。
幕僚長は、このような計画作業の引継ぎを実施させることにより作戦水平線間の連接を維持させます。また、司令部全体としての計画作業の優先順位付けを行い、作戦に対する先行性を維持し、三つの水平線時間枠のうち将来作戦と将来計画が作戦司令部全体の活動の中心となるようにバランスを取らなければなりません。
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。