平昌冬季五輪を前にして、北朝鮮の韓国に対する「揺さぶり」が続いています。

 北朝鮮側は、韓国国内の報道を批判して「北朝鮮が取っている心からの措置を侮辱する世論を広げ、北朝鮮内部の祝賀行事まで問題視したため、合意された行事を中止せざるを得ない」と通告し、金剛山での合同文化イベントが中止になりました。

 韓国政府にしてみれば、「侮辱する世論を広げた」と言われても民間の報道のことですし、言い掛かりとしか言いようがないでしょう。北朝鮮には、別の本当の事情があるのでしょうが、このように相手の意見をわざと誤解したり、歪めて引用すれば反論、攻撃することは容易になり、それが妥当であるかのように見せることができます。このような論法を「藁人形論法(Straw Man)」といいます。まさに北朝鮮は「論法」実践例の宝庫といえます。

  このところ、北朝鮮の石炭密輸で台湾人が拘束されたり、海上自衛隊の哨戒機が「瀬取り」の現場写真を撮ったりしています。金正恩氏の秘密資金が枯渇しつつあるなどの報道もあり、徐々に経済制裁が効いてきているのではないでしょうか。

 このような中、北朝鮮軍の冬季年次軍事演習の規模が燃料や食料不足で縮小していると報道されています。金正恩氏の演習視察も減っているようで、北朝鮮軍の即応態勢は低下しているのではと考えられます。五輪後、4月にも行われるとされる米韓軍事演習の頃にはかなり緊張が高まるのでしょうが、このような通常兵力の状態では、ますます核とミサイルに傾斜を強めるしかないでしょう。米専門家らによると、制裁下においても核・ミサイル開発が制限されている兆候はほとんどないとのことです。

 北朝鮮は、これまで4月25日だった「建軍節(朝鮮人民軍創建日)」を五輪開催前日の2月8日に変更して、5万人もの兵士と民間人を動員した閲兵式を行なうようです。国連総会は昨年11月、平昌五輪開幕7日前から閉幕7日後まで、全ての敵対行為の中断を促す「平昌五輪休戦決議」を満場一致で採択しました。米韓は、この時期の合同軍事演習を延期しており、ナッパー駐韓米国大使代理は「北朝鮮の閲兵式は五輪精神を汚すものであり国際社会への正面からの挑戦」と警告しています。「大規模な兵力とほぼすべての兵器を動員した閲兵式」とされていますが、不測の事態への万全の備えをして「平和の祭典」の成功を祈りたいと思います。(2018年2月5日記)

 さて、前回は計画と命令の作成、そして作戦実施段階への移行について述べました。今回は、移行段階を経て、いよいよ実行段階に入り、司令部の作戦指導がどのように行われるのかについて述べたいと思います。

▼作戦を実行する: 戦争指導と作戦指導

 作戦の実行段階における司令部の活動について述べる前に、その前提となる「戦争指導」と「作戦指導」の違いについて確認しておきます。

 作戦レベルの司令部が指揮下の部隊の作戦について指導することを「作戦指導」といいますが、これについては後ほど詳しく述べます。この「作戦指導」とは別に、政治レベルから戦略・作戦レベルに対して指導、指示が行われるとき、これを「戦争指導」といいます。フォークランド紛争時の戦争指導の例をみてみます。

 フォークランド紛争時のイギリスの戦争指導は戦時内閣によって行われました。戦時内閣は、首相、国防相、外相、内相、情報担当国務相の5名により構成され、各軍参謀長委員会委員長(ルウィン海軍大将)は軍事顧問として参加しました。

 サッチャー戦時内閣は、艦隊の展開、地上部隊の増派、封鎖水域の設定、上陸作戦の時期等、作戦の大きな節目には外交との関係も考慮しつつ、戦争指導として決断を下しました。また、このような「普通の」戦争指導以外にも、政治的な理由から様々な戦争指導がなされ、それらのうちいくつかは軍事的な合理性という観点から疑問が示されたり、批判されたりしました。

 このような「政治的な」戦争指導が行われた理由の第一は、イギリスは本格的な冬の到来を控えたフォークランド諸島の原状回復を目的として、国際社会からの停戦の圧力がかかる前にどうしても戦争を早期に決着させる必要があったことです。このような外交的圧力と時間的制約の中、政治的な要求や指導が多くなったのはある程度は仕方のないことでした。

 また、メディアを通じて英海軍艦艇の沈没するのを見せつけられる一方で地上戦では何の進展もないとの不満が英国民の間に高まり、政権に対する支持の低下を招いていたことも挙げられます。

 これらを背景として、迅速な作戦、早期の戦果の獲得が重視される状況が生まれ、軍事的には想定していなかった作戦行動が政治的に求められる場面がありました。時間、対話、妥協への意思が要求される外交と迅速性、決断力、力が必要な軍事の間の葛藤はあったものの、サッチャー戦時内閣は政治と軍事を概ねうまく架け橋したと評価されており、そこには軍事顧問として参加しているルウィン参謀長委員会議長の任務部隊司令部との連携の効果が大きかったものと考えられています。

 このルウィン議長が政治面とのやり取りを一手に引き受けることにより、フィールドハウス任務部隊指揮官は戦争指導とは異なる階層の作戦指導に専念できたことも特筆すべきだと考えます。これは戦略レベルの重要な責務といえます。

 フォークランド紛争においては、政治の影響で一部の作戦行動に影響は出ましたが、軍事的には素人のサッチャー首相は軍事顧問の働きで適切な軍事的決断を下すことができ、戦時内閣が戦争指導と外交を、任務部隊司令部が作戦指導をそれぞれきちんと役割分担できたといえると思います。

▼フォークランド紛争での作戦指導、バトルリズムの確立

 政治、外交レベルからの戦争指導は戦略レベルの司令部で受け止め、その政治的な意図等について戦略レベルと作戦レベルの司令部間で分析し、具体的な軍事行動として計画されます。このプロセスを踏まえ、作戦レベルの司令部は、作戦現場における敵に対する対処を行なう戦術レベルの指揮官に対する指導を行ないます。これを「作戦指導」といいます。

 作戦が開始されると、作戦レベルの司令部では24時間止まらない作戦現場(戦術レベル)と、一般の社会生活の中で動く政治外交との接点を持つ戦略レベルの司令部との間で緊密に連携しなければなりません。このため、関係する組織の間で連絡調整を円滑化させ、互いの活動を同期化させるために活動のサイクルを決めることになりますが、これを「バトルリズム」といいます。

 フォークランド紛争を例にとると、サッチャー首相率いる戦時内閣のもとにルウィン海軍大将が議長を務める各軍参謀長委員会が設置されました。戦争指導に対する軍事顧問としてルウィン委員長は戦時内閣に出席し、そこでの決定事項を各軍に伝えることになっていました。当時、現行ドクトリンにいう「戦いの階層」の考え方は未確立でしたが、いわば戦略レベルである任務部隊司令部は、ロンドン郊外の艦隊司令部内に設けられ、参謀長委員会を通じて戦時内閣の指揮を受ける形をとっていました。

 当時、政治的な要請と軍事的な要請の調整は、主として交戦規定(ROE)に関する要請と承認というプロセスで行われていました。そのため、各軍参謀長は、毎朝、ROEに関する要請を決めるために集まっていました。その場には、通常、ノット国防相も参加し、情報ブリーフィング及び報道状況に関し検討が行われました。その後、戦時内閣に提出する提案が、ノット国防相とルウィン議長間で合意されるという仕事の流れになっていました。

 戦時内閣の会議は戦争期間中ほぼ毎日1000時に行われたため、各軍参謀長委員会やそこへの任務部隊、各軍からのインプットは、当然にそれにあわせて行われることとなりました。このようにして、戦時内閣を中心とするバトルリズムが作られ、統合部隊内の各階層のバトルリズムもそれに合わせて規定されました。

▼作戦水平線

 統合作戦を遂行中の司令部では、連続的に変化する情勢を判断し、効率的な作戦の計画、実施のために「作戦水平線(Event Horizon)」の考え方を採用しています。

 作戦水平線は、実施中の作戦を「現行作戦(Current Operations)」、「将来作戦(Future Operations)」、「将来計画(Future Plans)」の三つの時間枠に分割して処理する考え方であり、それぞれに担当するセル(作戦センター内に設置される小規模な組織)を設けることが一般的です。

 作戦レベルの司令部においては、戦術レベルの現場部隊の状況を監督する一方で、現場部隊には難しい一歩先を見越した作戦指導とそのための準備をすることが不可欠であり、それこそが司令部の存在価値ともいえます。また、関係部隊に対する調整を実施しつつ、上位の指揮官等に対しては様々な報告を準備する必要もあることから、相当の作業量が発生します。これらの膨大な作業を発生順に逐次処理していては、作戦指導においてタイミングを逃してしまうため、処理すべき問題を時間軸ごとに区切って効率的な並行処理を行なおうとするのが作戦水平線です。三つの作戦水平線についてそれぞれ説明します。

① 現行作戦

 まず、現行作戦セルは、現在実施中の作戦に焦点を置き、”what is?(今何が起きているか?)”に対応します。現時点での任務の達成状況を評価した上で、向こう24時間程度を見通した分岐策、事後策を選択して必要な命令を発出して発動します。その他、実施中の作戦をモニターし、日例報告やブリーフィングを担当しつつ、当面の兵力増援や戦闘被害復旧の支援を行い、死傷者の後送等を行ないます。

② 将来作戦

 将来作戦セルは、作戦環境と任務遂行状況の評価に基づき”what if?(もし何かが起きたらどうするか?)”に対応します。向こう24~72もしくは96時間程度を見通し、現行作戦で発動した分岐策、事後策の状況を確認し、必要に応じて修正し、その後の作戦の準備を行ない、指揮官の作戦指揮に関する意図をおおむね24時間おきに「インテンション・メッセージ(Intention message)」として発出します。特に、CCIRと決心点における作戦環境を評価し分岐策を修正、検討するのが重要な任務となります。

③ 将来計画

 将来計画セルは、”what next?(次の作戦は何か?)”に対応するため、作戦全体の進捗状況と計画上の前提を確認して、将来作戦の事後策及び次のフェーズの作戦の計画を行ないます。それぞれの時間枠が具体的に何時間をカバーすべきかは、主として作戦の性質(作戦テンポと情報アップデートの間隔)と、指揮官の意思決定のサイクルによって規定されます。

 現行作戦について、ほとんどの司令部で24時間としているのは、作戦指導に必要な精度の高い作戦環境見積りが得られるのが24時間前頃であること、上位の司令部や関係する政府機関の勤務サイクルや情報発信サイクル(=情報要求サイクル)と合致すること、シフト勤務編成とシフト間の引継ぎのための作業所要等を勘案した結果といえます。

 将来作戦の時間枠は、作戦環境と任務遂行状況の評価に要する時間に加えて分岐策の変更に必要なリードタイムが重要な決定要素となります。多くの作戦で決心点間の最小間隔、後方支援の計画変更、航空機や武器整備のためのリードタイム、指揮下部隊への伝達と当該部隊における理解と準備等を勘案して24~96時間程度としています。いずれの時間枠も、指揮下部隊の処理能力も加味して余裕のある時間枠を設定すべきことは言うまでもありません。

 作戦水平線サイクルが発動されると、各時間枠で生起した課題ごとに作戦計画チーム(OPT: Operational Planning Team)が設置され解決策を導くことになりますが、マンパワーの所要は常に変動しますので、時間枠間で幕僚やOPTを適宜融通すべきことは当然です。

 通常、現行作戦と将来作戦はJ-3(作戦)部、将来計画はJ-5(計画)部の担当です。これは、平素の業務分担である上位の戦略を受けた大枠の作戦概念の計画とポリティコ・ミリタリー(政軍)関連事項をJ-5部が担当して政策的言語を軍事作戦の文法に落とし込み、具体的作戦の実施をJ-3部が担当する態勢を反映したものです。

▼垂直的統合の必要性

 計画作業を行う司令部は、他の階層の司令部の作戦水平線ごとの意思決定サイクル(Multi-echelon Process)との連携を考慮しなければなりません。特に、現在の複雑な作戦環境において、統合部隊が一貫性のある作戦を行うには、他司令部との同期化の必要性は極めて大きくなっており、地域統合軍司令部や統合部隊司令部の意思決定サイクルは他の司令部と同調していなければなりません。これを「垂直的統合(Vertical Integration)」といいます。

 一般に、司令部の階層が上位になるほど、調整を要する関係先の数が増加し、階層も上位となるため意思決定サイクルは熟慮的で低速になります。上位の司令部における計画作業の不適切な管理は、下位の司令部になるほどその計画作業に連鎖的に大きな影響を及ぼすことになります。このため、上級司令部からの時間的に余裕のない任務付与や命令の発令を招き、下位の司令部が対応する時間的猶予を短くし、事態対処の柔軟性と適合性を奪うことになりかねませんから大いに留意しなければなりません。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。