北朝鮮は、平昌冬季五輪の成功を確実にしたい韓国の「弱み」につけ込む形で、「芸術団」派遣のための実務協議を逆提案するなどして対話攻勢をかけています。これを受けて芸能番組よろしく「美女軍団」を興味本位で報じるメディアも米朝間の核・ミサイルを巡る問題を一時忘れたかのようでした。
健全な判断を誤らせかねない論理上の誤りには様々なパターンがあるのですが、これなどは典型的な「目くらまし論法(Red Herring)」といえるのではないでしょうか。問題の本質とは関係のない目を奪うような情報によって本来の問題から注意をそらさせることですが、北朝鮮は一時的にせよそれに成功しているようです。
一方で北朝鮮は、米国への批判の激しさもエスカレートさせています。祖国平和統一委員会のウェブサイト「わが民族同士」は、「米国が朝鮮半島の平和を脅かし、民族統一を妨げる張本人」とか「北と南の協力で五輪を立派に行おうと確約した今、米国の軍事的な動きは宴の場を壊そうとする白昼強盗の醜態」と激しく非難したことが報じられています。
これは、「平和、民族統一、五輪の成功」など多くの人々が支持していることを逆手にとった「衆人に訴える論証(Appeal to Popularity)」、あるいは感情に訴えるもっともらしい言葉を並べた「きらびやかな普遍性に訴える論証(Glittering Generality)」といえます。さらに、「張本人、白昼強盗」など「レッテル貼り(Explaining by Naming)」には余念がないようです。米韓を離間させる狙いを隠そうともしていません。
もっともこれまでにも、「おいぼれ、ロケットマン」等の「人格攻撃論法(Ad Hominem)」はありましたし、「火の海、世界が見たこともないような炎と怒り」等の激しい感情的な言葉を用いることにより妥当な理由や証拠から注意をそらさせる「感情や恐怖に訴える論証(Appeal to Emotions, or to Fear)」も見られました。
これらのすべてがこのような「論法」を意図したものではないかもしれませんが、判断を誤らせる意図が潜んでいる可能性について警戒を怠ってはならないと思います。
このような北朝鮮の動きに対して、米国は比較的柔軟な姿勢を示す一方で、軍事的圧力を確実に強化し続けています。米軍は、核兵器搭載が可能なB2戦略爆撃機3機をグアムに一時的に展開していると公表しましたし、五輪開催期間に合わせて特殊部隊の増派を計画していることも報じられています。このような一時的展開を積み重ねて着実に不測事態への対処能力を向上させているのだと思います。
前回、海上阻止行動の可能性について触れましたが、海上自衛隊が昨年末から朝鮮半島西側の黄海に入り、公海上における北朝鮮の商船などに対する警戒監視活動を始めたことが報じられました。12日には、米国務省は大量破壊兵器拡散阻止構想(PSI)の枠組みを利用して、国連安保理決議の義務を完全に履行するため、北朝鮮による海上での違法な取引の取り締まりを強化していく必要性を強調した共同声明を発表しました。PSIに参加している17カ国が共同声明に署名しており、今後は海上における国際的な取組みも強化されることになると思います。
17日には、北朝鮮の核・ミサイル問題について、20か国が協議する外相会合がバンクーバーで開かれ、対話攻勢で国際社会を分断しようとしている北朝鮮に圧力をかけ続け、非核化に向けた交渉に追い込むとの議長声明が発表されました。北朝鮮の完全かつ検証可能な非核化というエンドステートを実現するために、最大限の圧力をかけ続ける必要があるとのコンセンサスが確認されたのは成果だったと思います。(2018年1月22日記)
さて、第10回は行動方針(COA)を作る手順を説明しました。今回は、「妥当性テスト」をパスした複数のCOA案が出そろったところで、それらの強点、弱点を明らかにして分析、比較する「ウォーゲーム」について説明します。
▼戦前のウォーゲーム、日米のエピソード
ウォーゲーム、つまりは図上演習、図上シミュレーションのことです。米軍では、戦前から海軍大学等で研究され、成果を挙げてきたものです。
戦後、ニミッツ米太平洋艦隊司令長官は、「日本との戦争は、海軍大学で繰り返し多くの人員と様々な方法でウォーゲームが重ねられていた結果、戦争中驚くことは何もなかった。…神風戦術を唯一の例外として、我々が見通していなかったことは何もない」と語りました。
日本でも、同様の研究は兵棋演習等として行われており、幾多のエピソードが残っています。その中に、企画院総力戦研究所で行われた研究の話があります。
この研究所に官庁の俊才、軍人、マスコミ、学者が集められて、日米戦の様相を研究しました。昭和16年8月に出た結論は、「緒戦は勝つであろう。しかしながら、やがて国力、物量の差が明らかになって、最終的にはソビエトの参戦という形でこの戦争は必ず負ける、よって日米は決して戦ってはならない」というものだったそうです。当時の近衛内閣、閣僚の前でその結果が報告されましたが、それを聞いた東條陸軍大臣は、「机上の空論とはいわないにしても、戦というのは意外なことが起こってそれで勝敗が決するのであって、諸君はそのようなことを考慮していない」等とし、結果の口外無用を命じたそうです。
このエピソードのみで断じることはできませんが、戦う前に可能な限りの検討を尽くすというウォーゲームに対する日米の認識の差はあったのだろうと思います。米軍の現行統合ドクトリンにおいてもウォーゲームを活用した計画作成が重視されています。
▼ウォーゲーム実施のポイント
さて、COAの分析には様々なウォーゲームの手法を用いることが可能ですが、共通しているのは、分析に充てられる時間の中で、友軍と敵のCOA、作戦区域、作戦環境等を設定してアクション、リアクション、カウンターリアクションを模擬して作戦の推移を視覚化することです。
ただし、時間的制約が厳しいときには、最低限の分析として、最も蓋然性の高い敵のCOA(MPCOA: Most probable COA)と最も危険なCOA(MDCOA: Most dangerous COA)に友軍の暫定COAを対抗させて、実行可能性と生じ得る結果の受容可能性の二つに重点を置いて分析を終了し、COAを決定してしまうこともあります。「分析のための分析」にしないことが重要です。
このようなCOAの分析のために行なわれるウォーゲームですが、一方で副次的な効果も期待できます。例えば、ゲームの参加者が作戦に対する理解を深め、見過ごされていた要検討事項を発見し改善に繋げられるというのは最大の副次効果といえ、実際に生起する可能性のある事象に事前に習熟することができるというというのも他の手段ではなかなか実現できないものです。
▼ウォーゲームの手順
ウォーゲームを活用したCOAの分析と比較は次のようなステップを踏んで行われるのが普通です。順次説明します。
① 評価クライテリアを決める
ウォーゲームの前にCOAを比較するためのクライテリアを決めます。これにより、ウォーゲームの焦点を絞ることができますし、このゲームの評価クライテリアは作戦評価クライテリアの項目としても有用なものになるはずです。
評価クライテリアの例としては以下のような観点に関するものが考えられます。
フェーズ1(抑止段階): FDOとの連携、奇襲防止、部隊防護等
フェーズ2(主動の獲得): 敵の重心の撃破、作戦時間、人的損害、後方支援等
② 決定的イベント(Critical events)を特定する
ウォーゲームでの焦点を絞るために、作戦系列の流れの中の重要な場面を決定的イベントとして特定します。例えば、敵主力部隊の撃破、敵根拠地の占領、上陸作戦の一連の流れなどが考えられます。
③ ウォーゲームの方式を決める
COA分析に関する指揮官の方針、ウォーゲームに充てられる時間と資源、参加者の専門知識のレベル等を考慮してウォーゲームの方式を決めます。
最も一般的な方式は「スケッチノート法」と呼ばれるものです。前述のとおり、分析の対象とするCOAに優先順位をつけ、それぞれに敵のMDCOAとMPCOAを対抗させ、アクションに対するリアクション、さらにカウンターアクションを分析、記述し、必要な兵力、所要時間を書き出し、敵・味方部隊の動きを図示する作戦図とその説明文を加えるというものです。
④ ウォーゲームの実施
②で特定した決定的イベントについて作戦の手順を分析する「決定的イベント・シークエンス分析(Critical events/ Sequence of essential tasks analysis)」と呼ばれる方法でゲームを行ないますが、紙面の都合で手順等は省略します。
➄ 成果のまとめ
ゲームは実際に作戦を実行する際に用いる各種のテンプレートを使って行われますので、成果をまとめる際にはそれらの資料も整理し、作戦開始に備えられるようにします。
COAの比較は、簡単なマトリックスの形で「加重数値比較法」と呼ばれる方法で行われるのが一般的です。これは、各COAについてクライテリアの項目ごとの点数(例えば1~5点)をつけ、指揮官が定めるクライテリアごとの重み付け(例えば1~5倍)をした上で合計点を出し、点数を比較するものです。
▼COAの決定と留意点
比較作業が終了したら、幕僚は指揮官に対してCOA比較分析の結果を報告し、最善のCOAを進言します。進言を受けた指揮官は、ウォーゲームの結果に加え、必要に応じてウォーゲームの分析範囲の限界や分析から漏れている要因に関しても考慮した上でCOAを決定することになります。
加重数値比較法では各COAの点数が一覧として示されますが、COAの比較は作戦術を発揮した主観的要素を伴う指揮官の重要な決心事項であり、単なる数字だけの比較ではないことに留意します。例えば、奇襲防止を重視するためその重み付けを大きくしたり、迅速な戦果を得ることを重視するならば作戦時間の重み付けを大きくするなど指揮官の加重のつけ方ひとつで評価は変わり得るわけです。クライテリアの設定とその重み付けは、まさに指揮官の作戦術の真価が問われる局面ですが、これ以外にもいくつかの留意すべき点があると思います。
第一に留意すべき点としては、COAの折衷案に対する誘惑が挙げられると思います。初期の作戦アプローチの検討からリードしてきた指揮官でも、下位指揮官の強い要望を受けたり、眼前の作戦状況に影響されたりして計画作業の最終段階で二つのCOAの折衷案の可能性を考えてしまうことがあり得ると思います。迷うと足して二で割るのが好きな指揮官もいるかもしれません。
これは禁物であるといわざるを得ません。パットンが「第二次世界大戦における最も愚劣な誤り」と呼んだのは、ノルマンディー上陸後、フランスを解放しドイツ領に入る際に、アイゼンハワー最高司令官が犯した誤りでした。すなわち、二つの軍団のそれぞれの進軍に関するCOA案の折衷案をとってしまいパットンの軍の輸送手段や燃料にしわ寄せが来て進軍を遅らせざるを得ない事態となったのです。折衷案をとるのであれば、暫定COAに対する検討として複数COAの組合せを示しましたが、検討プロセスを遡って部隊編成や後方支援を含めた別個のCOA案として改めて検討すべきものです。
次に考えるべきことは、「下策も上策」ということです。
上杉謙信は川中島の合戦において妻女山を発進する時、「上策はわれしばしばこれを用いたり、中策は信玄これを知りつらん。われ今下策をとらんとす」と述べたそうです。下策も時によっては上策となるものであり、これは兵術の融通無碍な不可思議性を示すものとされています。幕僚の考え抜いた進言をもとに自らの経験則や直感を生かして決断するのが指揮官の存在意義です。孫子の「兵に常勢無く、水に常形無し」という教えを忘れてはいけないと思います。
最後に、勝算の乏しい作戦の実施について考えておかなければなりません。
状況によっては勝算のない作戦をやることがあるか?と問われたら、次のような場合が考えられると思います。
① 比島沖海戦での小沢長官の母艦部隊のようないわゆる囮部隊の作戦
② 陽動牽制作戦の任務を有する部隊が主力の作戦の好機を作為するとき ただし、これらは戦術レベルのことが多く、いやしくも戦略レベルに関係する一国の運命を左右するような状況で勝算のない作戦を試みることは禁物と言わなければなりません。
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。