年末年始は色々な出来事がありました。北朝鮮は「火星15」の成功を祝って記念切手まで発行しましたが、「火星15」の能力は現時点では未完成であり、米国に脅威を及ぼすに至っていないという見方が広がっています。
また、北朝鮮に対する経済制裁が徐々に成果を上げるなか、金正恩の「新年の辞」をきっかけとした対話攻勢で南北閣僚級会談が開かれ、冬季オリンピックへの参加や軍事当局間の会談の開催などが決定されました。過去においてもオリンピック後に軍事挑発を繰り返した例がありますから、韓国国内においても「間違った融和策で核開発の時間稼ぎをさせるべきでない」との声が出ています。北朝鮮がサイバー攻撃により韓国で仮想通貨を奪ったとされる事案も気になるところです。
米韓軍事演習はオリンピック後に延期されましたが、日米間では自衛隊と米軍の共同訓練は予定どおり実施されるとの方針が確認されていますので、必要な抑止態勢は維持されるということになると思います。
さらに、北朝鮮へ石油精製品を密輸していたタンカーが韓国により拿捕されましたが、経済制裁の次の段階として海上阻止行動が現実味を帯びてきたと思います。現時点では、どの海域で行動するのが最も阻止効果が挙がるのか、船舶の行動パターンの分析等が日米共同で進められているのではないかと思います。
このところ様々なメディアで北朝鮮に対する米軍の軍事力行使を「予測」していますが、11月末から12月初めにかけて実施された「読売・ギャラップ共同世論調査」で興味深い結果が出ました。それによると、北朝鮮の核・ミサイルに「脅威を感じる」とした人及び核兵器保有について「一切容認すべきでない」とした人の割合は、日米ともに8割前後でした。さらに北が核やミサイル等の挑発行為を続けた場合に、米国が北朝鮮に軍事力を行使することについて、日本では「支持する」が47%、「支持しない」が46%と割れましたが、米国では「支持する」が63%で「支持しない」の32%を大きく上回りました。
北の「融和策」に対して韓国は一定の配慮を見せようとしていますが、日米のエンドステートは少しも変わっていません。米軍は昨年の米韓共同演習を通じて主として航空兵力による北朝鮮の軍事力の封じ込めに一定の自信を得ていると思います。世論調査で決まるわけでは決してありませんが、米国の軍事作戦の可能性は十分にあると考えるべきであり、そうならないためにも北への制裁圧力を維持・強化しなければなりません。そのための次の一手を国際社会は周到に準備しなければならないと思います。「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」です。今年一年の平和を祈ります。(2018年1月15日記)
さて、第9回は「初期的な作戦アプローチ」を「作戦アプローチ」として完成させて、評価の準備をするところまで説明しました。今回は、完成した作戦アプローチをもとに具体的な行動方針案を作る段階を説明します。
▼行動方針案を作る
作戦アプローチが完成して、関係部隊に対して計画指針が示されると、各部隊の作成プロセスが開始され、それぞれに多数の幕僚が参加する大掛かりな計画作業となります。作戦に関しては輪郭だけだったものに実質的な内容を盛り込む段階になり、その中心的な作業が複数の行動方針(COA)案を作り、その中から最善の一案を得ることです。
行動方針とは、割り当てられた使命を達成するための方法であることは説明しました。示された作戦アプローチの中には統合部隊指揮官の問題解決のための概略の考え方が示されていますから、COAの検討にあたっては、5W1H(誰が、なぜ、いつ、どこで、どんな行動を、どのように実施)が明らかになるように細部を検討します。その際の要件は以下のとおりです。
① 指揮官の指針の範囲内で使命を達成できる
② 予期せぬ事態にも柔軟に対処できる
③ 部隊を作戦の次の段階に対応できる立場に置く
④ 部隊に最大限の行動の自由を与える
基本的なCOA案の作成ステップは以下のとおりですが、必ずしもこの順番で実施されるものとは限らず、一部は試行錯誤を繰り返したり循環的に検討されるものです。以下、①から⑥について順次説明します。
① 暫定COAの作成
② 暫定COAをフェーズに区分する
③ 任務編成を決定する
④ 作戦区域等を定義する
⑤ 暫定COAをテストする
⑥ 検討結果をブリーフィングし、統合部隊指揮官の指針を得る
⑦ 計画指示を出す
▼1 暫定COAを作成する
暫定COAは、概略ながらも部隊の行動に関して明確な説明を含むものであり、後述する妥当性のテストやウォーゲームを経て、ふるいにかけられるものです。通常、マンパワーが十分に得られる場合でも、複数のチームは作らず単一のチームにより一つひとつCOAを検討する方式がとられます。この場合、検討チームが以後の連載で説明する集団思考等の意思決定の「落とし穴」にはまり込んでいないか十分に注意し対策をとらないと、作戦計画全体に致命的な欠陥をもたらすことになりかねません。
▼2 暫定COAをフェーズに区分する
暫定的なCOAが導かれたら、まず、敵と友軍の重心、特に決定的な脆弱性と決勝点に焦点が当たっているかを確認し、COAにもとづく作戦を、同時並行、逐次、あるいはその組み合わせとするかを決定します。
次に、フェーズ区分の考え方を用いて、作戦全体を構想し、フェーズ内での主作戦、支援作戦を区分します。さらに各部隊の任務に関して兵力、作戦資材の所要をまとめるとともに、時間、場所、行動の目的に着目して同期化の検討を行ないます。
最後に、これらの検討結果を統合し、指揮統制、情報、火力、機動、部隊防護等の機能面から検討してフェーズ区分が成り立つかを確認します。
▼3 任務編成を決定する
統合部隊を編成する際には、平素の固有の部隊編成から臨時に必要な部隊を派遣してもらい特別な部隊として編成します。任務編成を決定したら、軍種別構成部隊及び機能別構成部隊ごとの使命、任務を確定させます。
次に、作戦構想、作戦の複雑度、必要とされる指揮統制の程度を考慮して、具体的な指揮統制(Command and control)関係を定めますが、この際、統合部隊指揮官が有する指揮権のうち必要な部分を、適宜、下位の指揮官に委任します。
実際に指揮官が作戦を遂行する際には、部隊運用に関する意図(Intention message等)を随時示すことになりますので、これにより指揮官の意図を指揮下の部隊に明確に理解させ、分散型作戦遂行(Decentralized execution、下位の指揮官に指揮権の一部を委譲し迅速な対処を追求)と作戦の一貫性が確保できるようにします。
▼4 作戦区域を定義する
作戦区域の設定にあたっては、部隊の指揮官に対して作戦上の制限を課すだけでなく、むしろ柔軟性やより幅広いオプションを提供するように決定されることが望まれます。
作戦区域には、公知される本来的な作戦のための空間のほかに、公知されない事前訓練区域(上陸作戦には必須)、移動経路、安全確保・敵味方識別のための区域など、必要に応じて設定される各種の作戦上、戦術上の区域が含まれます。統合部隊指揮官は、その陸、海、空域の境界線を参考にしながら、部隊間の調整、統合、相互干渉の防止のための措置をとります。
▼5 暫定COAをテストする
暫定的な複数のCOAが導き出されたら、次の段階であるウォーゲームにかける前に、次の「5つの妥当性テスト」によりふるいにかけます。テストのうち、1つでも満たさなければ、COAから除外することになります。
① 与えられた使命に適合しているか?(Adequate)
② 与えられた時間、場所、リソースで実行可能か?(Feasible)
③ コストやリスクを受容可能か?(Acceptable)
④ 他のCOAと十分に異なっており弁別できるか?(Distinguishable)
➄ 5W1Hを網羅しており完全か?(Complete)
フォークランド紛争を例にとると、英軍がフォークランド諸島の原状回復というエンドステートを達成するためには、COAとして、①同諸島を占領したアルゼンチン軍に対する補給路の遮断(いわゆる兵糧攻め)もしくは、②英軍の上陸作戦による奪回、という少なくとも二つの主要な選択肢があったものと考えられます。
補給路遮断のための海空域封鎖は、アルゼンチン軍の補給品の事前集積が十分にあったため相当の期間を要することと、冬季に向かう気象条件の下では完全な封鎖は困難で、そのための艦艇部隊を本国から7,000マイルの海域に維持することも後方支援上大きな困難が予想されました。加えて、現地の一般島民の生活を圧迫することで非難を受けかねないことや英国に対する国際的支援も十分とは思われなかったため、極力短期間に解決する必要があると判断され、必然的に上陸作戦に続く地上作戦が要求されることになりました。上陸作戦が採用されたからといって海空域封鎖が放棄されたわけではなく、外交交渉中の軍事的圧力をかける手段及び上陸作戦を支援する手段として実施されました。
COAの比較検討という見地で考えると、どうしても封鎖と上陸作戦は弁別性テストの見地からも対置的に捉えられがちになりますが、作戦全体の流れを考えると二者択一ではなく、主作戦と支援作戦として相互に組合せるべき局面があったということであり、暫定COAの立て方も必要に応じてフェーズごとに考えるとともに、「妥当性テスト」の適用も注意深く行なう必要があることを示唆しています。
▼6 COA検討結果のまとめ:ブリーフィング
以上のようなCOAの検討結果をブリーフィングにまとめて以下のような指揮官の指針を得て、次のウォーゲームの段階に進む準備をします。
① 暫定COAに対し、承認、更に分析、修正、複数COAの組合せ、他のCOAの作成指示のいずれかを決定する。
② 次の段階であるウォーゲームで使用する敵のCOA(J-2(情報)部がブリーフィングした最も蓋然性の高いCOA(MPCOA: Most probable COA)、最も危険なCOA(MDCOA: Most dangerous COA))と友軍のCOAの優先順位を指示する。
ちなみに「COA検討結果ブリーフィング」の内容の例は以下のとおりであり、この包括的な内容から分かるとおり、これをもって初期的な作戦概念はおおむね完成したことになります。
1 背景、紛争の経緯
2 計画開始指針
3 戦略的指針
指揮官/部隊に割り当てられた任務、作戦資材、計画指針、関係国との防衛協定、戦域戦役計画、部隊の運用指針、割り当てられた兵力
4 作戦環境に関する統合情報活動の準備
5 敵の行動方針(ECOA)(最も危険、最も蓋然性が高い)、強点・弱点
6 既知の事実及び仮定のアップデート
7 使 命
8 指揮官の意図(目的、手段、エンドステート)
9 エンドステート(ポリミリ分野)、作戦終結クライテリア
10 重心分析結果
11 統合作戦区域等
12 フェーズ0戦略環境構築に関する進言
13 FDOと望まれる効果
14 各COAのスケッチ及びフェーズ区分に基づく説明
15 任務編成、構成部隊ごとの任務付与、時系列見積り
16 フェーズ区分ごとの指揮統制系統
17 作戦系列/非軍事活動系列
後方見積り及び実行可能性、COAリスク
18 COAに対する指示(承認、分析、修正、組合せ等)(案)
19 指揮官の指針(案)
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。