▼平時と有事の違い
前回は、リーダーの役割として、「象徴」「決裁者」「先輩・教育者」という三つに加えて、海軍で見られたリーダーシップの欠点を補うため「改革者」と「執行者」について述べました。
戦う組織においてリーダーとして成功するためには、その人なりのリーダーシップの発揮のしかたを、平時と有事、それぞれの場面にあわせて工夫する必要があります。
有事の究極の形として戦争を考えてみます。国際法上、戦争は違法化されたとはいえ、現実世界の国際紛争をみると、奇略、策略を巡らせて敵をだますこと、戦闘員を殺傷することが正当なこととされます。平時においては悪徳、犯罪と考えられることが有事においては、一定のルールのもとで正当化されますから、平時と有事では行動規範が大きく変化することを前提にして行動しなければなりません。
このような行動規範の変化に加えて、有事においては時間の要素が極めて重要になります。緊急時には時間やタイミングの感覚を研ぎ澄まし、素早い決断とタイムリーな行動をとることが求められます。与えられた時間一杯を使って満点の対応策を追求するよりも、半分の時間で合格点の行動をとることのほうが、評価される場面の方が多いでしょう。孫子は「兵は拙速を聞く」といい、マキャベリも「次善の策の欠点を嫌うあまり、最悪の策をとることの愚かさ」を説いています。
また、組織の動かし方も変わらざるを得ません。平時においては、組織、事業の存続や発展のために努力するのが普通でしょうが、有事では組織の存亡をかけてでも思い切った行動をとらざるを得ない場面があるかもしれません。
組織の動かし方が変われば、これにあわせて部下の使い方も変えざるを得ません。海軍の先輩は戦国武将の言葉を借りて、「敵が近くなったら兵は手荒く扱え」と教えています。これは武田信繁という武将(武田信玄の弟、川中島の戦いで戦死)の言葉ですが、その裏には、「平素は兵を可愛がっておけ」という意味が込められています。自分の部下は、平素は愛情をもって育て鍛えておくものですが、有事においては叱咤激励し、場合によっては危地に向かわせないと、任務を果たすことはできないと教えています。
このように、戦う組織のリーダーとしては、状況の変化を適切に判断して、自らのリーダーシップの「平時モード」と「有事モード」の切り替えを間違わないように行動する能力が求められます。
▼有事の心構え
有事においてリーダーに求められる精神的な要素として「忍耐」「勇気」「沈着」「剛毅」などが重視されていることを述べました。海軍の先輩たちは、その人なりの方法で精神面の鍛錬に取り組んだわけですが、そのやり方についてはここでは触れません。その代わりに、こうした精神面の鍛錬を経た上での「有事の心構え」が、海軍ではいろいろと言い伝えられていますので、最も重要と思われるものを三つ紹介します。
①決断して指示を与える、責任をとる
有事におけるリーダーの心構えで最も重要なのは、「決断して部下に指示を与え自分が責任をとること」です。何を当たり前のことをと思われるかもしれませんが、海軍の先輩は実はこれが難しく、最も大事なことだと教えています。
②「動揺するな、我慢せよ」というもので、多くの先輩が書き残しているものです。これまた言葉にしてみると至極当たり前のことのように思えます。
上海事変で出動した上海特別陸戦隊の中隊長の体験談です。作戦を開始すると、味方に被害が出る、敵が増加してくる、悪い報告がどんどん入ってくる、本当にしまったと思うことがずいぶんあり、なかなかつらい思いをしたといいます。
そんな時に上位の指揮官である大隊長から「動揺してはいけない、ここががまんのしどころ」としていわれたことが、「昔、武田信玄は、いっぺん命令を出したら、護摩を焚いて祈っていたということである。もちろん、命令の出し放しで、情況の変化に応じ得られないようでは困るけれども、被害が少々出て来たからといってすぐ動揺するようではいけない。指揮官には勇気が必要である。」ということでした。一旦決心をしたら「天はわれの上にあり」という信念と勇気を持てと教えられたそうです。
③「闘志を持つ」ということが挙げられます。これもまったく当たり前のように聞こえます。確かに状況が有利な時に、攻勢をとって徹底的に戦果の拡大を図ることは理屈では当然のことだと思いますし、それほど難しくないように思えます。しかし、ハワイ作戦で奇襲成功後に第二撃を行なわなかったように、戦術的に成功を収めながら作戦としては追撃不足のため、戦果を十分にあげられなかった例は実は多いといえます。まして状況が不利な時に、士気を高めて不撓不屈、味方の戦闘力を温存して徐々に形勢を挽回し最終的に勝利に導いてゆくような闘志、あるいは退却を決断する勇気を持つことは並大抵のことではないでしょう。
※本稿は拙著『海軍式戦う司令部の作り方』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2020年3月~4月)に「海軍式戦う司令部の作り方」として連載したものを加筆修正したものです。