▼リーダーに求められる資質

 前回は「チーム論」について、さわりの部分をお話ししました。今回はリーダーの資質と個性についてです。当たり前のことですが、世の中の大半のリーダーは誰かのスタッフでもあります。したがって、リーダに求められる資質や個性といっても、実はスタッフ、リーダーと共通するところが多く、違うのはその重点がどこにあるかということだけなのかもしれません。

 数あるリーダー論の中で、私が最も得心したのは陽明学者の安岡正篤(まさひろ)です。私が現役時代の先輩方から受けた教えとぴったり重なるものです。彼はリーダーに求められる資質は「知識」「見識」「胆識」「節操」だと論じています。

 まずは「知識」。真面目に仕事をしていれば、早い遅いの差はあってもある程度は身につくのが知識やスキルです。これがなければプロ失格ですが、これだけでは行動する力にはなりません。

 「知識」を行動する力に変えるのが「見識」です。「見識」は、リーダーが決断する際の洞察力、信念、リスク感知能力、他者への共感力から生まれます。

▼佐久間艇長の遺書

 明治43年の第六潜水艇の沈没事故をご存知でしょうか。死を間際にした佐久間艇長の切々たる遺書で有名です。当時この遺書は日本中に同情を巻き起こし、遺書の全文を記念碑に刻む計画が持ち上がりました。これに待ったをかけたのが呉鎮守府長官の加藤友三郎(のち首相)です。「この遺書にあまりに同情を表すると、将来同じような事故で、まず遺書を認めてから本務に取り掛かる心得違いの者が出てこないか」として計画をやめさせたのでした。

▼「見識」を実行するための「胆識」、「節操」

 加藤長官の場合のように、「見識」は一般の意見と異なることも多く、反対や抵抗を受けることがあります。このようなときに断固として実行するのに必要なのが「胆識」です。安易な妥協や迎合をせず、相手を粘り強く説得、翻意させることが大事です。そうでなければせっかくの「良識」があっても行動に移せず、かえって「優柔不断」「日和見」ということになってしまいます。

 また、「節操」というのはリーダーの「ビジョン」や「志」を反映したものであり、一貫して人々を導くトップリーダーにこそ求められるものであるとしていますが省略します。

▼リーダーの個性

 リーダーの個性を論じるときに様々な切り口がありますが、もっとも重要なのは「理」と「情」のバランスではないかと思います。

 理性とは「道理に基づいて考え、判断し、行動する能力」であり、判断能力、問題解決能力、ビジョンを語る能力、行動する能力のことです。一方、感性とは「印象を受け入れ反応する能力、感受性」です。人の心を感じる能力があるかどうか、人間について理解することに熱意を持っているかどうかが問われます。

▼山本五十六と井上成美

 「情」のリーダーの筆頭格は山本五十六で、部下思いだった彼の「情」の統率は有名です。彼はまた、作戦面でも「情」を発揮しました。パールハーバー攻撃は「理外の理(常識では説明できない道理)」として発案したものでしたが、「リメンバー・パールハーバー」の合言葉で米国を総力戦に立ち上がらせて敗因の一つとなりました。半年後に歴史的敗北を喫したミッドウェー海戦には、低速の戦艦群を出動させていますが、その理由は活躍の場のなかった戦艦乗員の士気を高めることであり、作戦面での効果はありませんでした。

 「理」のリーダーとしては井上成美があげられます。彼は、トラック島で搭乗員の慰労会をやったことがありますが、公家のような格好で歴戦の搭乗員を招待し、反感を持った彼らからビールをひっかけられています。戦略教官の時には「数理と情報を大切にせよ」といい、同僚教官らと軋轢を生んだほどでしたが、実際の戦場に出たときには情報を大切にしたとは言えない戦いぶりでした。

▼「理」と「情」のバランス

 論理的な思考によらない作戦は作戦といえませんが、そこに敵を欺くような発想を盛り込むには「感性」の助けも必要です。作戦実行の現場においても同じことで、「理性」に基づく指揮をとりつつ、「感性」を発揮して勝機をつかまなければ勝利は得られません。

 リーダーの資質には「指揮能力」に加えて人の心を動かす「統率」が不可欠です。「作戦は人なり」という言葉があるように硝煙の中で作戦を成り立たせているのは人であり、その闘志です。その力を最大限に発揮させるのは「感性」であり、そのためには指揮官に「情の統率」がなければなりません。  「理」と「情」のバランスをどうとるか、リーダーたる者、終生のテーマだと思います。

※本稿は拙著『海軍式戦う司令部の作り方』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2020年3月~4月)に「海軍式戦う司令部の作り方」として連載したものを加筆修正したものです。