▼すれ違う?米朝
トランプ大統領のアジア歴訪が始まりました。これに先立つ先月28日には、ソウルで米韓定例安保協議が開催され、米軍の空母や戦略爆撃機などの「戦略アセット」の朝鮮半島周辺へのさらなる展開を含む共同声明が発表されています。また、マティス国防長官は記者会見で「米国や同盟国へのいかなる攻撃も打ち破られる。多くの異なる軍事的選択肢がある」と述べて北朝鮮を強くけん制するとともに、視察した板門店では「目標は戦争ではない。完全かつ検証可能で不可逆的な朝鮮半島の非核化だ。」と強調し、現時点では外交的解決を目指す考えを改めて示しました。
一方の北朝鮮は、「朝鮮アジア太平洋平和委員会」の報道官談話として28日、「米国の手先となる日本列島は海中に葬り去られかねないことを肝に銘じるべきだ」と述べ、トランプ大統領訪日時に北朝鮮への圧力強化策が議論される見通しであることについて批判しました。また、これに先立つ25日の米CNNテレビでは北朝鮮外務省米国研究所副所長が、李外相が9月に「史上最大の水爆実験を太平洋上でやる」と示唆した発言について、「北朝鮮は常に言葉通り実行に移してきた」として「言葉通りに受け止めるべきだ」と警告しています。
前回は、「チキンゲーム」と「オフランプ」に触れて終わりましたが、「チキンゲーム」とは、双方が協力しなかった場合に(ハンドルを切らずに正面衝突し)、北朝鮮にとっては体制崩壊、韓国にとっては戦禍という双方の損失が最も大きくなるゲームです。しかし、ここに来て一見「チキンゲーム」に見えていた対立も、双方の力の差が極めて大きい「『非対称』チキンレース」であることが改めて認識されるようになってきたのではないでしょうか。
つまり、北は米国の軍事力の「強さ」を見て攻撃を思いとどまっている一方、ソウルを「人質」にしていることにより米韓は攻撃に出られないと考え、そこに米国の「弱さ」を見ていた節があります。しかし、米国が圧倒的な軍事力と斬首作戦を含む様々な軍事オプションの可能性、柔軟性を示すことにより北朝鮮が「弱さ」と見ていたものが薄まり、焦りを感じ始めた結果、「言葉通りに受け止めよ」等と発言している可能性があります。これまで北朝鮮は過激な言葉で威嚇して乗用車同士に見せかけていたものが、実はトラック対バイク程度の「『非対称』チキンゲーム」だったといえるのではないでしょうか。
米国は「残された時間は少ない」と度々発言しています。これは、北が核弾頭付ICBMを「戦力化」した場合の抑止が「核対核」になることを見越して、それに至る前の通常兵器のレベルで決着させようという意図にほかなりません。北にとっては意図せざる展開でしょう。米国側の抑止が成功に向かっている可能性が高まりつつあると思います。
ただ、何らかのきっかけで事態が動き始めたり、北朝鮮が自暴自棄になった時には、抑止は効かなくなりますから、ある時点で北朝鮮の安全を保障してやることが必要になるでしょう。「目標は戦争ではない。非核化だ。」というのはその伏線です。いずれにせよ、北朝鮮の要求を吊り上げさせることなく事態を収めることが何としても重要です。
現在、トランプ大統領のアジア歴訪に合わせて3隻の米空母がインド洋東部から朝鮮半島沖にかけて行動する等、軍事的プレゼンスはこれまでになく強化され、高度の即応態勢にあると考えられます。このような状況では、北朝鮮が米国として許容できないレベルの更なる挑発(核弾頭+ICBM)に踏み切ることは困難になりつつあると考えられます。そのような展開となれば、今後の事態は膠着化の様相を強めるなか、北朝鮮が対話開始の仲介者を期待せざるを得ない展開になる可能性が高いのではないでしょうか。(2017年11月6日記)
前回は、戦争は「終わらせ方」が大事なので「軍事的エンドステート」を決め「作戦終結クライテリア」を策定すること、等について述べました。このように、ひとたび「ミッションステートメント」、「軍事的エンドステート」、「作戦終結クライテリア」が定められたら、次は統合部隊が追求すべき「作戦目標」を定めることになります。
▼「作戦目標」を定め「目標系列」を確認する
統合部隊指揮官の「目標」とは、「すべての軍事行動が指向されるべき明確に定義された達成可能な目標」のことです。
そして、この「目標」を達成に導くものは、作戦を実施した結果として得られる「効果」であり、その「効果」をもたらすための作戦行動の内容は各部隊に「任務」として割り当てられています。例えば、空爆(任務)により敵部隊を無力化し(効果)、必要な地点を確保する(目標)という具合です。
このように、「目標」は軍事作戦の狙いと言いかえてもよいのですが、戦術から作戦、戦略に至るレベルごとにそれぞれ下位の目標が上位の目標に整合するように設定されています。このように設定された一連の各レベルの目標を「目標系列」といいます。例えば、必要な地点を確保することにより(戦術レベル)、連絡線を維持し(作戦レベル)、有志連合国軍の力を活用する(戦略レベル)というように考えます。
軍事作戦に当たっては、戦略、作戦、戦術の各レベルにおいて構成される部隊ごとに作戦計画が立案されることになりますが、このような目標系列の考え方に沿うことによって部隊ごとの努力の方向性が統一され、一貫性のある作戦が構成されることになります。
▼「目標系列」の失敗例と原因
まず、そもそもの目標の設定を誤り、目標系列が成り立っていなかった例として、日本海軍のミッドウェー海戦の敗北が挙げられます。この海戦には幾多の敗因があるのですが、本来別々に計画されるべき二つの作戦を同時に実施したことから、「目標は単一であるべきである」とする原則に反して、①ミッドウェー島の占領確保、②敵機動部隊の捕捉撃滅、➂アリューシャン群島の攻撃という三つの目標になってしまったということは根本的な問題でした。
これは、作戦の大方針として目標を単一に決めるはずの軍令部が、ハワイ作戦を成功させた山本五十六長官の声望と自信を背景に、連合艦隊が強く推す目標が三つになる構想に押し切られたのが原因といえます。
もう一つの例は、目標と目標系列はあったが正しく実行されなかったヒットラー率いるドイツ軍です。目標系列に基づいて構成される一貫性のある作戦の前提は、統合部隊が単一の指揮系統により編成されていることであるのはいうまでもありません。軍組織というものは、「統一の原則」に基づきそのように編成されているはずですが、ヒトラー率いるドイツ軍はその例外でした。
確かに総統兼首相兼最高司令官であったヒトラーのもと、見かけ上は単一の指揮系統になるように編成されていましたが、その実際の運用はヒトラーの指揮系統を無視した気まぐれ的な直接指揮によってしばしば錯綜しました。このような軍においては目標系列があったとしても名目に過ぎないものとなり、作戦の一貫性を保つのは困難と言わざるを得ません。
▼目標の堅持と柔軟性について
目標に関してもうひとつ押さえておきたいのは「目標の堅持と柔軟性の発揮」ということであり、軍事だけでなく一般社会でも言えることですので触れておきます。
目標の正しい選定とそれを堅持することは、作戦において最も重要な要素のひとつです。指揮官が目標を一旦決定したならば、みだりに変更してはなりませんが、情勢の変化にもかかわらず固執することがあってもなりません。この兼ね合いこそが難しいのです。
このようなときに発揮されなければならない「柔軟性」ですが、これは、あくまでも選定された目標を堅持し、又は上級指揮官の意図に合致するよう、任務の達成に向けた努力を尽くす中で、情勢が変化し目標を堅持することが上級指揮官の意図にもそぐわない場合に目標を変換することです。いやしくも、柔軟性に名を借り、易きにつくようなことは最も戒めるべきこととされています。
▼使命達成クライテリアを設定する
目標系列が定まったら、次は、その達成度合いを判断するための使命達成クライテリアを決めることになります。
「使命達成クライテリア」とは、使命を達成したと認める基準であり、国防長官が定めた作戦終結クライテリアの各状態、条件それぞれに基づいて具体的に設定されるものです。
使命が単純な場合、クライテリアと使命は直接的に関連する場合があります。例えば、「X国在住の自国民の安全確保のため大使館からY国へ避難させる」という使命の場合、クライテリアは、「全自国民が無事避難したか」と「交戦規定(ROE)に対する違反はなかったか」の二つでいいでしょう。
しかし、大規模で複雑な作戦においては、各フェーズ、構成される多くの任務等ごとに「正しい行動をとっているか」を評価するMOE(後述)と「その行動は効果をあげているか」を示すMOP(後述)の評価がそれぞれに必要になることになります。
▼ベトナム戦争の反省
ベトナム戦争当時の使命達成クライテリアのひとつは、米兵の人的損耗に対する北ベトナム人の損耗の比率であり、その比率が高ければ戦いは優勢であると評価するというのが、マクナマラ国防長官等の判断でした。
今から考えると信じられないようなことが、当時は大まじめに捉えらえていました。このような「分かりやすい数字」が政治やメディアの世界で独り歩きする可能性は今後も大きいと思います。
イラク戦争の前、ベトナム戦争経験者のペース統参副議長(海兵隊大将)は「目的はX人の人間を殺すことではなく、政権転覆だった。一人も殺さず達成できれば勝ちだ。1000人を殺しても政権転覆できなければ負けだ。だから数の問題ではない。」、また「『何人殺した?』と質問する指揮官がいたなら、『私の本分は街の奪取ではなく、人を殺すことにある』という意図を伝えたことになりかねない。これも正しい答ではない。」と語ったそうです。
このようなベトナム戦争での前例もあったため、「イラクの自由作戦」(2003年)の開戦前に、戦死者数の見積りをするのはタブー視されていたそうです。いずれにせよ、クライテリアは作戦の目的に適合させて慎重に設定すべきものであり、使命達成クライテリアと密接に関係する作戦評価とその準備のあり方については改めて説明することにします。
▼「重心」を特定する
普通の人が「重心」等と言うとびっくりされるかも知れませんが、米紙等では”Center of Gravity”という言葉が軍事だけでなく、政治外交問題等を論ずる際に使われていますので、軍事での本来の意味を理解して頂きたいものだと思います。
「重心」とは軍事作戦における中心的な概念のひとつです。クラウゼヴィッツは、「重心とはすべての力と行動が依存する中心であり、我々がすべてのエネルギーを指向すべき点」と言っています。
前述した「目標」が「すべての軍事行動が指向されるべき明確に定義された達成可能な目標」でしたので、その選定を間違えないためには、まず敵及び友軍の「重心」を特定しなければならないことになります。では、その「重心」とは何か、その主な特徴を列挙すると以下のようになります。
① 力の源泉である
② 戦略、作戦、戦術それぞれのレベルに存在する
③ 戦略レベルでは、同盟、指導者、国家意思等の無形の要素を多く含む
④ 作戦、戦術レベルにおいては、軍事力など物理的なものが多い
⑤ 行動の自由を確保あるいは強化するものである
この考え方に基づいて重心を分析する方法をごく簡単に説明すると、まず敵に関して、政治(Politics)、軍事(Military)、経済(Economy)、社会(Society)、情報(Information)、インフラ(Infrastructure)の各分野(PMESII分野)ごとの検討を行ないます。これは、それぞれの分野における重要なアクターを選び出し、その相関関係(強弱、主従等)を明らかにする作業です。
この各分野ごとの分析が終わったら、相関関係を図示してそれらすべてを重ね合わせます。すると分野をまたいで多くのアクター間の相関関係の中心に位置するもの、他への影響力が最も大きいものが浮かび上がってくるはずです。そのようなアクターが全体の「重心」となっていると評価できます。
▼「イラクの自由作戦」における重心分析
イラクの自由作戦(2003年)において、フランクス米中央軍司令官がブッシュ大統領に対して作戦の叩き台を報告した際、以下の9つの分野ごとに重心を分析し、それぞれ一連の作戦で対処する考えを説明しました。このように実際の作戦に当たっては、PMESIIという考え方を基本に必要な分野をいくつでも選択して分析すればよいわけです。
① 指導層。特にフセイン側近グループと二人の息子
② 治安当局、情報機関、特殊保安庁警護隊。指揮統制通信ネットワーク
③ 大量破壊兵器関連施設
④ ミサイル関連施設
⑤ バグダッド警護に当たる共和国防衛隊
⑥ 北部クルド人居住地域等圧力をかけられるイラク領内の地域
⑦ イラク正規軍
⑧ イラクの商業・経済インフラ
⑨ イラク一般市民
▼重心の防護と攻撃
以上のような分析により重心を特定したら、次は以下のような観点から友軍の重心を防護しつつ敵の重心を攻撃する方法を検討します。
① 防護、攻撃のための必須能力は何か?
② その能力を発揮するための必須要件は何か?
③ 必須要件のうち、決定的な脆弱性は何か?
統合部隊指揮官は、このような分析に基づき、敵から友軍の脆弱性を防護しつつ、敵のなるべく多くの脆弱な分野に乗ずるべく兵力を指向する機会を積極的に追求することになります。以下は一例です。
この例では、敵の重心である機甲軍団の決定的な脆弱性がレーダーネットワークとされているので、これを攻撃目標に選びます。また、友軍においては戦域が米国本土から遠距離にあるため、重心である米軍部隊を戦域へ展開させるための海上・航空交通路が決定的脆弱性となっています。したがって、この連絡線の確保と防護を可能とする手段が優先的にとられることになります。
例えば、湾岸戦争(1991年)においては、中央軍司令官は戦力と連絡線等を提供する有志連合そのものが友軍の重心であるとして、それらの国々に対して戦域ミサイル防衛システムの展開を含む防護対策を優先的にとりました。作戦の基本的な概念を理解しておくと、このようなニュースの読み方も一段深くなると思います。 また、本年は核とミサイルで挑発を繰り返す北朝鮮に対抗して、米国は、中国の抗議や韓国国内の根強い反対を押し切って抑止段階からTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を韓国に配備しましたが、これも湾岸戦争当時と同様に米韓同盟が重心であり、その脆弱性を防護するための措置であったと考えることができます。この措置により北朝鮮が「ソウルを人質に取っている」との認識を動揺させ、弱めることに貢献したことは言うまでもありません。
※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。