▼指揮官の孤独
前回は、適切な意思決定に至るためのプロセスについて述べましたので、今回からは、そのプロセスを動かすリーダーとスタッフについて述べます。まずは「チーム」におけるリーダーとスタッフの役割についてです。どんなに適切な意思決定ができ、立派な計画が出来上がっても、「戦場の霧(※)」に覆われ「摩擦(※)」により思うに任せない状況を前にすると、リーダーも人間ですから、どうしても迷いが生じる場面があります。
(※戦場の霧:戦場の状況把握が情報収集の限界から常に不完全であること、摩擦:作戦で自然条件、情報伝達、敵の反応等により発生する障害のこと)
そこで、リーダーは自らの経験や直感を最大限に活かして最終的に一人で決断をすることになります。これが「指揮官の孤独」です。
このような場合、リーダーの悩みや迷いを信頼できるスタッフと共有し、適切な助言が得られたら、リーダーの負担は軽減されるでしょう。これはリーダーの責任を回避したり、スタッフに転嫁するということではありません。また、リーダーが安易に不安や迷いを口にしてスタッフを混乱させるべきではないことも当然です。
「指揮官の孤独」とは、リーダーが何でも一人で抱え込むということではありません。信頼できるチームを作り、それを正しく活用することです。「指揮官の孤独」を支えるスタッフ、それが「チーム」です。
▼リーダーとスタッフの違い
意思決定、計画作成のプロセスではリーダーによる目標設定が不可欠です。プロセスの要所でリーダーの意図が反映され、結論を左右します。組織の方向性をスタッフに示して納得させるのがリーダーの役目であり、スタッフとの大きな違いです。
もうひとつの違いは、スタッフの関心がモノやデータに向かわざるを得ないのに対し、リーダーは人、組織の団結、士気を重視します。計画はスタッフの助けがあれば作れます。その内容を部下に納得させるには、計画が論理的で合理性を備えていればよいでしょう。
しかし、いざ作戦開始となり部下を困難な状況に立ち向かわせて成果を得るには、単なる論理的な理解や納得、あるいはポストの上下関係だけでは不十分です。
「このリーダーのためなら」という、部下たちの自発的な服従や献身を勝ち得ておかなければなりません。このために、リーダーは人に向き合い、目標達成に向けた情熱を示し、自ら組織の団結の中心となり信頼と尊敬を得る必要があります。これもスタッフとの大きな違いです。
▼スタッフの役割
それではスタッフに期待される役割とは何でしょうか。三つに分類してみました。
第一は当然のことながら、リーダーの補佐です。これはリーダーの手に余る量の仕事や専門的な知識、技能を必要とする仕事などを分担することです。リーダーの意思決定プロセスに関係するデータ収集、分析、文書の起案などが含まれます。
第二に、チェック・修正役が挙げられます。これは広義の補佐ともいえますが、一般的なスタッフが分担して行う作業的な補佐と違い、幕僚長などの上級スタッフや部下指揮官などが指揮官のチームの一員として最も近い立場で修正意見を述べたり、場合によっては諫言も厭わないという点で異なります。
第三に外部との調整役です。担当レベルのスタッフから上級スタッフあるいは幕僚長レベルの調整があります。困難な調整を行う場合は、リーダー同士の衝突を防ぐ緩衝役となることもあります。
▼「チーム」に求められるもの
リーダーとスタッフそれぞれに求められるものについて述べましたが、「チーム」としてのあり方も重要です。リーダーには様々なタイプがおり、スタッフとしてそれとの折り合い方も様々ですが、これがチームの「性格」を決めることになります。「長老制司令部」や「人間関係司令部」などです。
またチームには、時間的制約、マンパワー不足、思考のバイアス等、多くの意思決定上の「落とし穴」もありますが、これらを回避するための「レッドチーム」や「悪魔の代弁者」などの工夫が考えられています。 これら以外にも、リーダーとして、「癖」のあるスタッフの取り扱い方、指示、命令の出し方、関心の示し方など色々と論じましたが、「チーム論」とは人それぞれで、かなり奥深いものだと思います。次回は、リーダーの資質と個性についてお話します。
※本稿は拙著『海軍式戦う司令部の作り方』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2020年3月~4月)に「海軍式戦う司令部の作り方」として連載したものを加筆修正したものです。