▼悪しき「社風」 

 海軍の意思決定には、その伝統からくる前動続行性と独善的な判断の影響がみられました。また、希望的観測や情報の軽視などは誤判断の大きな原因になり、失敗や教訓をフィードバックする取り組みも不十分で、「長老制司令部」や「人間関係司令部」など悪しき「社風」がみられました。

 確かに情勢判断の手法は教育されていました。しかし、それは一握りの士官に対してだけであり、彼らエリートとて重要な場面で判断を誤ったのです。合理的であるべき意思決定は、海軍にその技法や仕組みが定着していなかったことと、悪しき「社風」の影響で大きく歪められました。

 このことは、今日のわが国で不祥事や事故が起きるたびに繰り返される「社風に逆らえなかった。おかしいとは思いつつ長年の慣行だった」などというトップの反省の弁と重なります。これらは現在の日本の組織でも見られることのある古くて新しい問題かもしれません。

▼「健全なる情勢判断」とJOPP

 日本海軍が大きな欠点を抱えていた一方で、米海軍は開戦前の時点ですでに「健全なる情勢判断」という標準的な情勢判断の手続きを確立していました。さらに、日本海軍の暗号を解読していたこともあり、日ごとに有利な戦いを進めていきました。日米海軍の差は国力や物量だけでなく、意思決定の面でも決定的に大きくなっていたのです。

 戦後、米海軍は情勢判断の手法をさらに洗練させました。その手法は、日本やNATO諸国などに採り入れられ、情報の分析手順を含んだ意思決定、そして計画策定のやり方を標準化することになりました。JOPP(統合作戦計画プロセス:Joint Operation Planning Process、ジョップ)といわれる手法がそれです。

 JOPPは本来、7つのステップからなる作戦計画を作成するための手順です。多数の細かい手順がありますが、一般にも適用できる部分を4つのステップにまとめると以下のとおりです。それぞれのステップは論理的に積み上げられており、「社風」に影響されない意思決定プロセスといえます。内容は省略しますが、ステップだけを示すと次のとおりです。

ステップ1 使命を確定させ、達成への道のりを示す

ステップ2 具体的な行動方針を立てる

ステップ3 相手と自己の行動を対抗させ、最善の行動方針を決定する

ステップ4 実行段階へ移行する

▼肝心な実行の仕組み

 適切な意思決定ができたとしても、それをスタッフ組織を動かして長期間、効率的に実行できる仕組みがなければ絵に描いた餅です。様々な工夫がありますがいくつか紹介してみましょう。

 まずは、スタッフ組織の工夫です。通常の業務用には「縦割り」になっていることの多いスタッフ組織を、作戦に応じて横の連携や斜めの連携が取りやすいように「セル」や「ワーキンググループ」を設置します。「ハイブリッド型司令部」です。

 そのままでは、組織が複雑になり非効率になりかねませんから、基本的な仕事の流れを「クリティカルパス」として定めて、リーダー、スタッフが効率的に動けるよう「バトルリズム」という仕事の周期を規定します。スタッフはそれに「自己同期」するように動くのがルールです。

 さらには、変化する情勢に先行的に対応するため、当面の活動(24時間以内)、次の活動(24~72時間)、次の活動のための計画作り(72時間~)、の三つに時間軸を区切って、それぞれ連携して並行的に仕事を進めます。「イベントホライズン」です。

 一般にも「PDCA」という言葉がありますが、同じような考え方で、作戦司令部では「Monitor(監視)、Assessment(評価)、 Design/Plan(設計・計画)、Direct(指揮)」という4段階からなる意思決定サイクルを採用しています。

※本稿は拙著『海軍式戦う司令部の作り方』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2020年3月~4月)に「海軍式戦う司令部の作り方」として連載したものを加筆修正したものです。