▼北朝鮮を巡る情勢 

 北朝鮮を巡る情勢が引き続き緊張しています。

 11日の各紙は、トランプ米大統領が、マティス国防長官やダンフォード統合参謀本部議長らと「あらゆる形の攻撃に対応する選択肢」について検討し、「核兵器による米国や同盟国への脅し」をやめさせる方策も協議したと報じています。

 同日の韓国の中央日報によれば、ミリー米陸軍参謀総長が、記者会見で「リスクを背負わない対北朝鮮軍事オプションは存在せず、北核危機を管理する時間も限られている」とし、「米軍が(軍事的)行動に出る準備ができている。非常に難しくて危険なことで、誰もがこれを過小評価してはいけない」と警告しました。

 さらに17日、ハリス太平洋軍司令官は、「多くの人は、北朝鮮への軍事的な選択肢は想像できないと話している」と述べた上で、「想像できないことも想像しなければならない。私にとってその想像できないこととは、北朝鮮が核弾頭を搭載したミサイルでロサンゼルスやホノルル、ソウル、東京、シドニー、シンガポールを攻撃することだ」とし、北朝鮮に核開発計画を断念させるためには外交が望ましい選択肢だが、それは「信頼できる」軍事力を後ろ盾にしたものだと述べました。

 いずれも軍事的措置を排除しない姿勢を改めて示し、さらなる挑発行動をけん制しようとしています。折しも朝鮮半島周辺で米韓合同訓練が行なわれています。空母「ロナルド・レーガン」も参加していますが、今回は日本海だけでなく黄海が加わったところがポイントで、朝鮮半島の東西両側から将来のより強力な経済制裁に備えた海上封鎖の訓練、対特殊作戦、空母機動部隊からの攻撃訓練等が行われると思います。大規模な軍事行動の際には、4~5コ空母機動部隊が必要となる可能性がありますから、日本海側だけでなく黄海側も演習の機会を利用して作戦環境に関する情報収集が周到になされるはずです。

 今回も演習に先立ち改ロサンゼルス級原潜「ツーソン」に引き続きオハイオ級原潜「ミシガン」(トマホーク最大154発)が韓国に寄港しています。前者は空母機動部隊の随伴、後者は対地攻撃と特殊作戦能力のアピールですね。戦略爆撃機、E-8ジョイントスターズ等とともに米軍の戦略的アセットのローテーション展開の一環で「スパイク」と呼ばれる兵力の一時的な増強です。これについては、今後連載の中で触れることになると思います。「ロナルド・レーガン」については、先日まで海上自衛隊の艦艇も連続して随伴していたことが報じられていましたから、日米間の海上部隊の連携に必要な指揮統制ネットワークが既に構築、試験運用されたことが考えられます。次回、FDO(柔軟抑止選択肢)について述べますが、その項目のかなりの部分が「着手(またはテスト)済み」になっていることが分かって頂けると思います。

 いずれにせよ、北朝鮮はこの訓練に合わせて再びICBMを含む弾道ミサイルの発射の構えを見せているようですので、本年4~5月以来の緊張状態となることも考えられます。仮に北朝鮮がICBMに核弾頭を搭載して発射しようとすれば、米国はそれを探知し破壊するための軍事作戦を実行できる態勢を既に完成させていると考えます。そのような場合には、即攻撃となっても不思議でないことは冒頭の米軍指揮官の発言からも明らかですね。

▼「作戦幕僚」の視点で考える

 このような緊張状態を作り出している北朝鮮の挑発は、既に米国の「レッドライン」を超えており「戦争前夜」だという人もいれば、日韓両国に予想される被害を考えると戦争は「無理」だという人もいます。

 確かに激しい言葉の応酬とエスカレートする一方の北朝鮮の挑発や米軍の空母機動部隊の展開、爆撃機の飛行等を見れば、それなりの攻撃が可能でしょう。また、北朝鮮が無傷のまま見境なく攻撃に出るとすれば、韓国や日本に大きな被害が出ることもまた、容易に想像できます。

 しかし、このような時こそ軍事作戦を計画・実施する「作戦幕僚」のような観点から冷徹に現実に即して考えてみることが必要だと思います。

 レッドラインとは、そもそも作戦の結果として最終的に実現される状況=「エンドステート」が明らかにならなければ、決められないもののはずです。戦争を始めるだけならレッドラインの議論だけでよいのかもしれませんが、戦争を始める前には終わらせ方を決めておかなければならず、そのためにはエンドステートの議論が当然、不可欠です。

 また、ミリー参謀総長の発言のように軍事作戦にノーリスクということはあり得ないので、根拠の曖昧な被害想定に振り回されて「想像できない」と「思考停止」に陥るのではなく、目指すエンドステートのレベル毎に戦い方を検討し、それぞれの被害見積りを少しでも小さくする工夫を軍事以外の取組みも含めて作戦面から追求するのがあるべき作戦幕僚の役割です。

 本連載では、このような問題意識で、抽象的な戦略的議論や個々の兵器レベルの話ではない作戦レベルで軍事作戦がどのような考え方や手順で計画・実施されているかを紹介して、報道等から軍事情勢を見るリテラシーを高めて頂ければと思います。(2017年10月23日記)

▼戦略、作戦、戦術

 まずは、議論の土台としての言葉の定義を確認したいと思います。

 「戦略」、「作戦」、「戦術」とかいう言葉は、一般社会において広く使われています。サッカー監督の「戦術指揮」という使い方は合っていると思いますが、難しいゴルフコースを「戦略性が高い」というのは少し大げさですし、「年末大掃除大作戦」というのは単に気合を入れるためでしょう。

 この言葉の定義に関して、米軍の統合ドクトリンには「戦いの階層」という概念があります。これは、戦争について考えるとき、「戦略」、「作戦」、「戦術」の3つの階層を結びつけることで勝利を追求するということなのですが、その一番上が「戦略」です。

 統合ドクトリンでは、戦略を「外交、軍事、経済等、様々な国家的手段を同期させ総合的に用いることにより、戦域及び国家レベルで設定された目標を達成するために検討、策定された構想、指針」と大変幅広く定義しています。これは、元々の軍事に限定した意味だったものに、平時の国家政策の達成や抑止、安定化を重視する時代の流れの中で広範な領域を含んでいったものです。

 一方、階層の最下位は「戦術」で、「陸兵、艦艇や航空機といった兵力を適切に配置し、命令により行動させること」とされています。長い軍事史の中で武器等は目覚ましく進歩しましたが、戦闘における敵の撃破や攪乱といったような本質的な部分は変化していません。

 そして戦略と戦術の中間にあり、両者の連接をとるのが「作戦」の階層です。作戦とは「統一的な目的を追求する一連の戦術行動」とされており、前述したとおり戦略の対象とする範囲が広がってきたこと、作戦を担うのが統合部隊になり作戦が高度化してきたこと等からこの階層が担う役割は大きくなっています。この作戦レベルにおいて、上位の戦略目標から作戦レベルの目標を導き、具体的な戦術行動に落とし込むことになります。

▼戦いの階層:フォークランド紛争の例

 今から35年前のフォークランド紛争(1982年)当時、英国、アルゼンチン両国ともに作戦レベルに関する概念は確立されていませんでした。基本的に戦略と戦術だけです。

 ここで、あえて三つの階層を敗戦国アルゼンチン側に当てはめてみるとどうなるでしょうか。まず戦略レベルでは、イギリスは奪還されたフォークランド諸島を結局は諦めるだろうと誤解し、仮に戦争になったとしても米国は介入しないだろうと楽観視していました。

 このような戦略レベルでの認識であったため、作戦レベルでは、イギリスの反攻に対する具体的計画は一切準備されていませんでした。

 戦術レベルにおいては、アルゼンチンの奪還作戦は難なく実行されたものの、イギリス海兵隊員が上陸したアルゼンチン軍に降伏して地面に腹ばいにさせられた屈辱的な写真が密かに持ち出され公表されてしまったことから、イギリス国内で大きな衝撃をもたらし、英国世論を一気に戦争へ駆り立てることとなりました。その後の展開は皆さんご存知のとおりです。

 このようにアルゼンチンが「三つの階層」を結びつけることに失敗していたことは明らかで、英国に比べて地理的条件など有利な立場にありながら、最終的な敗北につながったと解釈することができます。

▼統合作戦と統合部隊

 このメルマガの読者ならご存知だと思いますが、統合作戦と統合部隊についても簡単に確認しておきましょう。

 「統合部隊(Joint force)」とは、統合部隊指揮官の指揮を受けて行動する複数の軍種からなる部隊をいい、特定の任務を目的に編成されるのが普通なので「統合任務部隊(JTF: Joint task force)」と呼ばれます。この部隊は、各軍種からなる構成部隊のほか、機能別の任務を担う部隊から編成されています。

 このような統合任務部隊が行う軍事行動を「統合作戦」といい、統合部隊指揮官は、太平洋軍司令官等の指揮下に置かれるのが通例で、作戦の計画や実施に関して指揮統制を受けることになります。

 統合部隊の編成は、実施される作戦に最も適合するように決定されますが、一般的には、陸上、海上、航空等の各作戦空間別と機能作戦別の担当部隊が決められます。この際、指揮関係等が複雑にならないよう、任務分担、指揮スパン(一人の指揮官のもとに置く下位指揮官、直属部下は最大でも7~8名程度とする)、指揮統制関係、指揮統制システムの能力等を考慮して柔軟性を発揮できるように編成されます。

 機能別の任務編成としては、特殊作戦、爆発物処理、医務衛生、工兵等がありますが、気をつけなければいけないのは、統合の必要性の低い部隊まで「統合のための統合」を行って、かえって効率性を犠牲にしたり、下位の部隊を小さくし過ぎて柔軟性や自己完結性を損なわないようにすることです。

 なお、多国籍部隊、コアリション(有志連合)各国については、各国ごとの政策、関係法令を反映して米軍との指揮関係の在り方は異なるため、米軍主導の統合部隊の中に入る場合や、あくまで指揮系統を別にする場合など様々です。

▼米軍第519統合任務部隊(JTF-519)

 米軍の統合部隊の実例を見てみます。

 東日本大震災に際して実施された米軍の「トモダチ作戦」は、読者の皆さんも記憶されていると思います。太平洋軍司令官の指揮のもと、太平洋艦隊司令官(当初)が指揮官となったJTF-519が編成され被災地の災害救援に当たりました。

 ちなみに、JTF-519司令部は、米太平洋軍において統合任務部隊が編成される際の司令部の核となる常設の統合任務部隊司令部であり、緊急事態への迅速な対処を目的に定員400名(兼務を含む)をもって1999年に設置されたものです。

 同司令部の指揮官は、太平洋艦隊司令官が兼務し、副指揮官は太平洋空軍副司令官の兼務とされています。JTF-519司令部は、大規模災害の救援や人道支援、非戦闘員の避難や海上阻止行動といった小規模の作戦から大規模地域紛争に至る想定されるあらゆる事態に対処する計画を立案し実行できる能力を有しているとされ、もちろん北朝鮮有事が発生するような事態では、新たに大部隊が別に計画されない限り、その対処の中心になるはずです。

▼6フェーズモデル

 もうひとつ、統合作戦のイメージを掴むために作戦の流れを見てみます。

 北朝鮮を巡る緊張状態が高まるたびに、メディアでは朝鮮半島危機を報じて米軍の軍事行動や北朝鮮の暴発の可能性が取りざたされ、あたかも戦争前夜のように報じられます。このような米軍の軍事的な動きに関して、全くの奇襲作戦は別として、「オーソドックスな作戦」の組み立て方からはどう見たらよいのでしょうか。

 米軍の現行の統合ドクトリンには、次のような「6フェーズモデル」という考え方があり、実際の作戦に合わせてその都度、柔軟に組立てられることになります。

フェーズ0: 抑止のための環境づくり

フェーズ1: 抑止

フェーズ2: 戦闘における主動の獲得

フェーズ3: 戦場の支配

フェーズ4: 安定化

フェーズ5: 民政復帰(例:「イラクの自由作戦」のイメージ)

▼フェーズ0(Shape): 抑止のための環境条件を構築する段階

 平常時の安保協力や統合作戦を通じて潜在的な敵対国の行動を抑止すると同時に同盟国や友好国との連携を強化する段階。

米国の国家戦略、軍事戦略目標を達成するために国際的な正統性を確立し、多国間の協力を継続的に実施し、敵対国と友好国双方の行動に影響を与えることを狙いとします。

同時に、協力国を増やし、友好国の自衛能力や多国間連携のための能力を向上させ、情報交換を強化し、米軍部隊の各国領域への平時及び有事におけるアクセスを向上させます。

▼フェーズ1(Deter): 抑止段階

 危機発生に際して、統合部隊の能力と決意を示すことにより、敵対国を抑止する段階であり、抑止が失敗した場合の対処に必要な部隊の展開等も含まれます。

一旦、危機が明確に定義されたら、部隊の動員が開始され、事態対処に必要な部隊が編成され事前展開が行なわれ、部隊のプレゼンスが顕示されます。

次のような安保協力がフェーズ0で構築された連携態勢の上に強化されます。

① 弾道ミサイル防衛部隊の展開

② 多国間のC2(指揮統制)構成の展開・強化

➂ ISR(警戒監視)アセットの増派と情報収集態勢の強化

④ CBRN(化学、生物、放射性物質、核)被攻撃時の後送態勢の整備等

▼フェーズ2(Seize Initiative): 主動の獲得

 戦闘状態において敵を撃破するために主動を握る段階

早期に攻撃を開始し、決戦に持ち込む状況を整えます。敵の初期目標の獲得を食い止めるために、敵の行動を遅延させ、妨害。迅速な攻撃により敵を撃退、追撃し、次のフェーズIIIで戦う戦闘力と戦意を破壊します。

このフェーズにおいても、フェーズ0の友軍の戦域内のインフラへのアクセスおよび行動の自由を拡大するための作戦が継続されます。

▼フェーズ3(Dominate): 戦場の支配

 組織的戦闘を継続する意志を破壊する段階

統合部隊の早期の部隊展開によりその能力を全面的に発揮させ、決定的な時期と場所において敵を圧倒します。

 以上のフェーズの組み立てからわかるとおり、国家として危機が明確に定義され、事態対処に必要な軍の動員と部隊が編成され、事前展開により部隊のプレゼンスが顕示されるのがフェーズ1であり、いわゆる戦闘状態がフェーズ2ということです。

 先に述べた戦争前夜のように報じられることのある北朝鮮を巡る緊張状態も、動員や部隊の編成、すなわち作戦計画の発動が行われていない限り、平常時の延長線上のフェーズ0ということになります。ただし、北朝鮮情勢のようにフェーズ0と言いながらも、平時と有事の境界線がぼやけたいわゆるグレーゾーン化した状況においては、フェーズ1に相当する措置が一部先行的に行なわれることは冒頭に述べたとおりであり、国家として対処すべき危機が明確に定義されるフェーズ1に徐々に近づいている状況と言うことができます。

※本稿は拙著『作戦司令部の意思決定』の要約抜粋で、メルマガ「軍事情報」(2017年10月~2018年3月)に「戦う組織の意思決定入門」として連載したものを加筆修正したものです。